月別アーカイブ: 2012年9月

「たまらなく楽しい」と感じるのはどんなとき?

先日こんなツイートをしました。
ひきこもりと思われるくらいだれとも話さず一人でじっくり好きな本読んで、いつだまるのってくらい考えたことを話したり聞いたりしてっていう生活ができると、僕はけっこう幸せなんだということに最近気づいた。
僕はとにかく自他共に認める「おしゃべり」なので、「ひとりでいる時間が好き」というと驚かれたりします。もちろん「おしゃべり」なので、「人と居るときにはだまっているよりしゃべるほうが好き」なんです。しかし、だからといって「ずっと人と居る時間がほしい」というわけではありません。
朝から夜までずーっとだれとも話さずひとりでいる時間もけっこう好きです。例えば、読みたかった本をたくさんバックにいれてカフェや研究室で読んだり、その足でジュンク堂や紀伊国屋にいって読みたかった本をパラパラとたくさん眺め、「これはじっくり読みたい」という本を選び購入して、帰りの電車で読めたら最高です。
「ああ、今日はいい一日だった」と思ってぐっすり寝てしまいます。
さらに最高なのは、こういうひとりでいられる時間に考えたことを、共感してくれたり、さらに考えをひろげてくれる人と共に対話できることです。
「こないだこんな本にこういうことが書かれていて、これはこうだと思った」
ということを話したときに、
「それは面白い。そういえば、こないだ僕は読んだ本にも・・・」
みたいなこと言われると、たまらなく楽しいです。
なんとなくそういう時間を大切にしながら、それでいて生産的なことをしたり、最低限やらなくてはならないことをしっかりやっていければいいのかなと思ったりします。
そんなことを考えているときに、こないだふと「ニートの生き方」という本を読んだのですがその中に「メキシコ人の漁師とアメリカ人の旅行者の話」という話がのっていました。ネットで有名なコピペらしいのですが生き方について考えさせられる文章です。文末にリンクを貼っておきますのでぜひ読んでみて下さい。
「こういうことをしているときはたまらなく楽しい」
みたいな時間は大事ですよね。なにかエピソードがあったら教えて下さいね。
■参考リンク
メキシコ人の漁師とアメリカ人の旅行者の話

日常の思考枠組みを少し脇において対話すること:旅で対話する意味

毎日ブログを更新していたかと思いきや、突然更新が止まってしまいすいません(笑)
更新しなくなったきっかけは、研究室合宿と学会が連続であったからでした。
さすがに旅先になるとネット環境が整っていなかったり、そもそも一人でじっくり執筆する時間がとれなくなるため、ブログ更新は難しいですね。
「ブログをじっくり書くためにはひとりでじっくり考えるための時間」がやはり必要になる気がします。
しかしその一方で、合宿や学会は、いろいろな人とじっくり対話をする機会にめぐまれました。
合宿や学会といった、日常から少し離れた場所で、多様な人と対話する意味はどういうところにあるのでしょうか。
それはおそらく「日常で支配されている価値観や思考の枠組みを少し脇において」対話ができる点なのかなと思います。
目先の効率性というのを少し脇において、その前提になるものを問い直してみるというのは贅沢です。
「前提の問い直し」や「そもそも論」が大切なことはわかりますが、普段はなかなかそこまで考えられませんし、それをしてばかりいると、全然前に進めないということがありますよね。ひとまず手をつけることも当然大事なことなんですよね。
そういう意味では、日常の中では「そもそも論を少し脇において」、やれるところからどんどんやっているといえるかもしれません。
結局のところ「そもそも論ばかり考えていて手が動かない」のも微妙ですし、「なにも考えずにやれることだけやればいい」っていうのも行き詰まりそうなので、両者はどちらかだけってわけにはいかないのですよね。
ここ数週間は、さまざまな対話を通して、少し深いところでいろいろ気づく点がありました。
その「なんとなくこれかも」という感覚を、少しずつブログで文章にしていきたいと思いますので、楽しみにしていてください。
ブログに書くネタは、合宿のデザインの件、学会での出来事、先日実施した「越境×イノベーションの研究会」など、出来事ベースで考えても、たくさんあるので、少しずつ文章にしていきたいと思います。

明日から研究室の合宿:源流をさぐる旅

明日から研究室の合宿です。今年のテーマはそれぞれの研究の源流を探ることです。
ゼミメンバーが自分の研究の源流になりそうなキーワード、例えば「書くこと」「組織」「キャリア」「大学」などをテーマにA4で20枚程度の文章を書き、事前に互いの文章を読んでから参加するというものです。
これまでの合宿の課題の中でも準備がもっともハードだった気がします。自分がわりと提案したのですけどね(笑)。
ただ、あらためて自分の研究の源流を探るということは、自分の研究の広い意味での位置づけを知ることにつながり非常に貴重な機会になりました。
研究をかたちにすることを覚えると、今度はどうしても小さくまとまりがちになるんですよね。
僕のテーマでいえば、そもそも書くことってどんな意味があるのかとか、書くことを教えることの意味のようなものをあらためて問い直す機会になりました。
源流を探っていくと、他の人たちがテーマにしているキーワードとも色々なところでつながってきます。
明日から議論するのが楽しみです。
合宿中もできればブログ更新したいと思っています。

源流を探る意味で例えばこの文献を読みました。なかなかハードでしたが面白かったです。

ウォルター・J. オング
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一人相撲にならないように

今週書いたブログ記事を振り返ってみました。いろいろ書きましたが、今週自分として大きかったのは、これまで一緒に色々なイベントを実施してきた仲間のブログをあらためて紹介してみたことでした。
「周りの人の紹介」というのは実ははじめて書いたかもしれません。
自分への戒めとして思うのですが、blog、twitter、Facebookを使うときに、どうしても「自分はこういうことやりました!」とか「こんないいことがありました!というかんじで、「自分が、自分が」ということを外に発信しがちな側面もあるのかなと思います。
そうしていると気がつけば「一人相撲状態」になってしまうのではないかなと思います。
「一人相撲」という言葉は「相撲」という言葉が入っているのに「野球」のときによく使われる言葉な気がします。
ピッチャーが、守っている人を信頼できずに、ひとりで勝負にいっているときなどに使われますよね。
周りの人を信頼できなかったり、周りが見えていないときというのは、周りの人に問題があるのではなく、自分自身の問題、例えば、自信のなさや自分への不満の裏返しであることの方が多い気がしています。
そういうときには「自分を外に発信する」ということだけではなく、自分の中に静かに焦点をあててみたり、自分の周りをそっとみてみることがけっこう大事かもしれないなとあらためて思いました。
いまの時代は昔に比べて少しずつ「組織やコミュニティ」に縛られずに生活できるようになってきた気がしますが、だからといってその価値が下がっているのではなく、むしろしっかり意識しないと孤立化してしまう時代な気がしています。
「個」が目立つ時代だからこそ、一人相撲におちいらず、自分を支えてくれている環境に目を向けたり、「気軽に外に発信できる環境」だからこそ、外に発信せずに静かに自分に焦点を当てる時間を大切にしたりすることが大事なのかなと思いました。
僕はそういう時間をついおろそかにしがちな気がしています(笑)
周りをみる余裕や、ひとりで静かになる時間を持てていますか?
「忙しくてそんな時間とれない!」と思うときこそ、そういう時間が必要なのかもしれませんね。
■関連リンク
僕が信頼する「場作り仲間」のブログを紹介してみた

場を作るときの「お裾分け」という感覚

先日場作り仲間のブログを紹介しました。そしたら紹介した牧村真帆さんが、私の記事に関連して「私が場づくりする理由」という記事を書いてくれました。
牧村さんが場作りをする理由のひとつは、
そう考えると、私の場づくりは、そもそも「誰と」というところから始まっているのかもしれません。
とのことでした。これはとても共感するところがあります。
たしかに僕がなにか場を作るときには「誰と」から始まります。結局「面白そうな人と出会い」が企画を生むんですよね。企画会議で生まれているわけではないのです。それはそのあとです。
例えば今年「Science Girls’s Talk」というイベントを実施しました。これは大人の女性を対象に、おしゃれに楽しくサイエンスを楽しもうというイベントです。
このイベントを元々やろうと思ったのは、もちろん「サイエンス」というイベントに興味があったらではあります。
しかしもっと大きいのは、サイエンスイベントに対する知識や運営経験のある木村優里さんに出会ったからというのも非常に大きいのですね。
なんだか面白そうな人がいる。コラボしたらお互いにとって面白い経験ができそうだという直感から「じゃあ具体的にどうしていこうか」というかんじで企画がはじまるんですよね。
ちなみにこの企画は牧村さんも一緒にやっています。この企画でも空間系のことを全て引き受けてくれています。
「場作りをする理由」というのを、もう少し考えてみると、感覚的にどこか「自分のためにやっているんだよなあ」という気持ちがあるんですが、「本当に自分だけのため」ってわけでもないなあとも思っているところがあり、これまではうまく表現できていませんでした。
そんなときになんとなくふっとでてきた言葉が「お裾分け」という感覚でした。
「自分が楽しいと思うことをせっかくだからみんなでやろう」という感覚ですね。
産能大の橋本先生に教えてもらったのですが「お裾分け」は「お福分け」ともいうそうです。これはとてもしっくりする気がします。
場を作るときに「僕のため」って言い切ってしまうとなんだかクールすぎるし「あなたのためだけ」っていってしまうとなんだか重いような。
自分がやってみて楽しそうだなということが偶然実現できる環境が起きて「せっかくだったらみんなでやろうよ」みたいな感覚で、場をつくっていることが多いような気がしています。
もちろん、これまでやったイベントが全てそうなのかと言われたらそうかわからないのですけどね。
でも自分の中で大事にしているひとつの感覚なんだろうなと思いました。キーワード的にいえば「偶然」「たまたま」「せっかくだから」みたいな部分があるんですよね。
その意味ではすごく「偶然的」でもありますし、一方で「その偶然が生まれるような準備」「偶然を生かすための方法」みたいな部分は努力しているようなかんじもします。
キャリア論における「計画された偶然性」の話みたいですね。この理論についてはここで詳しくは述べませんが開設されているリンクを文末に紹介しておきますね。
あなたが場をつくるのはどんな理由がありますか?
もしくはどんなきっかけがありましたか?
なにかあったら教えて下さいね。
ちなみに「Science Girls’s Talk」は第二回の企画をしています!
興味のある方はFacebookページに「いいね!」していただけますと幸いです!
Science Girls’s Talk
■関連するリンク
僕が信頼する「場作り仲間」のブログを紹介してみた
私が場づくりする理由 MAHO-LAB
産能大の橋本先生のブログ
「計画された偶然」とは何か?
プランド・ハップンスタンス(planned happenstance)理論
■関連する本

その幸運は偶然ではないんです!
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キャリアショック どうすればアナタは自分でキャリアを切り開けるか? (ソフトバンク文庫)
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「こんなもんでよかっぺ」という気持ちで文章を書いていないか?:「街場の文体論」を読んだ

内田樹先生の「街場の文体論」を読みました。この本は内田先生が「クリエイティブ・ライティング」という授業で話したことをもとに書かれている本です。全部で第14講分収録されています。
街場の文体論
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テーマは「書くこと」なんですが、細かいテクニック論ではなく、むしろ「書くこととはいかなることか?」という本質について書かれた本といえると思います。
第1講のタイトルは「言葉にとって愛とは何か?」というテーマなのですが、いきなりめちゃめちゃ響きます。響いた箇所を引用させていただきます(p.17)。
数十年にわたり賢愚とりまぜ腐るほどさまざまな文章を読み、また自分も大量の文章を書いてきた結果、僕は「書く」ということの本質は「読み手に対する敬意」に帰着するという結論に達しました。それは実践的に言うと、「情意を尽くして語る」ということになります。
第1講では「読み手に対する敬意」「読み手に対する愛」という言葉が頻繁に出てきます。つまり、いかに読み手に対して敬意や愛を持つかということが、よい文章を書くためのポイントになるということですね。
一方、「読み手に対する敬意のない文章」というのは例えば「こんなこと書くと喜ぶんだろ」という態度で書く文章です。内田先生は「読者を見下した態度」と表現しています。こうした態度で文章をかかざるを得ない場面もあることは内田先生も認めているものの、得られるものは少ないと書いています。
タイトルにも入れましたが「こんなもんでよかっぺイズム」というのは椎名誠さんの言葉で「合格最低ラインぎりぎりの仕事しかしない態度のこと」だそうです。「だいたいこれくらい書いておけば合格点もらえるでしょ」という態度は一度はまると抜け出せません。これを超えてくることが大事という話でした。
僕は「書くこと」について研究も、実践もしていますが、このあたりの話はかなり響きました。
自分自身が書くときについても「本当に読み手に対して敬意をもっているのか?」を問い直しましたし、書き方について教えるときにも「こんなこと書けば合格点もらえます」的な教え方になっていないかなということを思いました。
「こんなもんでよかっぺ」という気持ちで文章を書いていないか?
これは文章を書くときにいつも問い直したい言葉だなと思いました。
「書くことの本質」ってなんなんだろう?ということに興味がある人にはぜひともおすすめしたい一冊です。
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僕が信頼する「場作り仲間」のブログを紹介してみた

今日は「場作り仲間」のブログを紹介してみようと思います!
今回紹介するのは3人です。これまで何度も一緒にイベントを実施したメンバーです。
あらためて紹介するのはなんだか恥ずかしいんですが、今回紹介する中のひとりの牧村真帆さんが「最近自分のブログサイトを立ち上げた」ということだったので、そのお祝いも込めて紹介してみようと思います。
ワークショップだったり、イベントだったり、なにか新しい場をつくってみたいという人におすすめできるブログかなと思います。
ちなみに、なんとなく3人に「ブログ紹介するから」と事前にいったら、みんな慌てて更新しててうけました(笑)ばらしてごめんなさい。
では紹介です!
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最初に紹介するのは牧村真帆さんのブログです。大学院時代の後輩であり、一緒にワークショップ部というコミュニティを立ち上げたメンバーです。
牧村さんの強みをキーワードでいうならば「空間」とか「しつらえ」というかんじでしょうかね。
元々大学では「建築」について学んでいて、そのあとに「教育・学習」の分野にきたという経歴をもっているので「空間をどう作るのか」「人がどう学ぶか」ということを結びつけて捉えられるのが大きな特徴です。
一緒にイベントをするときには基本的に「空間選び・デザイン」は全て牧村さんの担当です。「どんな場所にするか」だけではなく、場を彩る「小物」だったり「食事」に関しても詳しいので、空間をトータルでデザインすることができます。
ブログはまだ開設したばかりなので、内容はこれから充実してくると思いますが、本人曰く、
・イベントにおすすめできる空間
・ひとりでじっくり作業したいときにおすすめの空間
・イベントにおける空間デザインの裏側
などを更新するといっていました。個人的にも楽しみです。
ちなみに牧村さんは普通にいいお店をたくさん知っているので、イベント以外にも「なんかいい雰囲気の飲み屋ない?」的なことまでお世話になっています(笑)
場を作るときの「空間」「しつらえ」などに興味のある人は特にチェックしてみるといいと思います。
現時点(2012/9/5)での最新エントリーはこちらです。
ACADEMIC HACK! 実践研究会【実践を記録すること、物語ること、コミュニティをつくること】_場づくり裏話編
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yalogo.png
次に紹介するのは安斎勇樹くんです。安斎君も後輩にあたりますね。安斎君ともワークショップ部で一緒にさまざまなイベントをやりました。
安斎君の強みは色々ありますが、一番の強みは「ワークショップデザインと創造性」について真正面から研究しているところですかね。
元々彼は大学院に来る前から自分でワークショップを何度もやったり、さらには起業の経験があったりと「実践感覚」がすばぬけていたという印象があります。工学部から教育の分野にきたという意味では牧村さんと似ていますね。
大学院にきてからは、学習に関する理論的なことを学んだり、実際にデータを取ってそれを細かく分析するということなどを通して、さらにパワーアップしたかんじがします。
こういうと若干褒めすぎであり、しかも一見パーフェクトに見える彼ですが、実は方向音痴iPhoneの地図を見ながら歩いているのにたいてい目的の場所にたどり着けない」とか、「居酒屋で好きなもの頼んでいいと言われると困り、結局一番人気の無難なものを頼んでしまう」といった意外にかわいい一面があります。それが逆に人気の理由なのかもしれません。知りませんが(笑)
安斎君のブログは「ワークショップや場を作ること」に特化したかたちで記事を更新しているので、ざっと読むだけでも、色々な角度でワークショップについて理解することができると思います。
現在は安斎君の指導教員である山内祐平先生と森玲奈さんとともに、ワークショップに関する本も執筆中とのことです。
また、「大学生・大学院生」を対象にワークショップも行っているようですので、気になる方はぜひ応募してみるといいと思います。
現時点(2012/9/5)での最新エントリーはこちらです。
良いワークショップとは何か
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最後に紹介するのは平野智紀くんです。平野君は同期で年も同じです。ワークショップ部には一番最後に入ってもらったのですが、個人的にはワークショップ部を作る前から色々なイベントを一緒に実施していました。
平野君の強みは「美術館や博物館」

キャンパス化する街

ここ最近いろいろな街に出没しながら研究を進めています。渋谷だったり、池袋だったり、新宿だったり。カフェに入ったり、本屋さん行ったりしながら、色々と作業を進めています。まあいわゆるノマドワーク的なかんじかもしれません。
昔は「無線LAN&電源のあるカフェ」というのはレアでしたが、最近はかなり増えてきました。
特に最近スターバックスが色々な意味で環境が充実していてかなり助かります。

「無線LAN&電源」を完備するところがかなり増えてきたかんじがします。
最近は空間レイアウトも凝っており、「本をじっくり読めそうだな」という席もあれば、「パソコンでじっくり文章書けそう」という席もあり、そういう意味でも楽しめるようになっています。
しかもコーヒーだったら100円でおかわりできるので、疲れたらどこかぷらぷら歩いて、またどこかのスタバに入るということもあります。
こうやって書くと「スタバ信者乙」となるかもしれません。
たしかにそれは否めません。
昔はそれほどこだわりがなかったのですが、最近の「無線LAN」+「電源」+「おかわり」+「空間」の組み合わせはかなり強力ですね。
スタバでMacを広げて作業する人をネットでは「ドヤラー」といったりするらしく、その意味ではまさしくドヤラーなわけなのですが、ドヤラーライフはそれなりに快適です。
無線LANと電源が外にあるとなると、その他に気になることとしては「印刷」くらいでしょうかね。
「印刷」は基本的に家や研究室でやりますが、出先でもどうしてもプリントアウトしたい時にはセブンイレブンのネットプリントサービスを使っています。これはめちゃ便利です。Dropboxに入っているファイルならiPhoneからでも印刷できちゃいます。
レジュメを印刷してチェックしたいなと思うときや、どうしてもすぐに紙で読みたい論文などを印刷していたりします。
もうひとつ、街にでていていいことは「大型書店にすぐいける」という点です。
「あの文献欲しいから」という行き方よりも、「気になっていた本をざっと見てみる」とか「あてもなく歩いて、面白そうな本との出会いをさぐる」的な使い方をしています。必要なものはその場で買います。
大学の生協や図書館もいいのですが、やはり新しく出た本をすぐに見ることができますし、関連する本もさがせます。大学にはないだろうなという本でも面白い本はたくさんありますしね。
なので、外で研究しているときには必ず「本屋さんタイム」を設けています。研究の合間にいくと、頭がさえてますし、無意識的に「こういう情報がほしい」というアンテナがたっているので、いい本を見つけ出すことができる気がします。
こうやって考えると、自分にとっては「街そのものがキャンパス化」しているよなと思います。環境自体が整ってきているなと。
さらに、意外なことに「街での出会い」というのもあるんですよね。大学にいたら基本的には「同じ大学の人」、もっといえば「研究科・学部」、さらにしぼると「研究室の人」としか会わないのですが、街に出ていると意外な人と意外なタイミングで会うことがあります。
また、カフェには色々な属性の人がいるので、なんか面白いんですよね。楽しそうに話している人もいれば、受験勉強している人もいるし、仕事してそうな人もいる、さらに「あっ、この人も研究系の人だろうな」という人もいる。
なんだかよくわからないのですが、そういうちょっとした多様性に触れると少し安心するんですよね(笑)なぜでしょうか。まあもちろん、「スタバにくる人」という意味で多様ではなく同質なのかもしれませんが。
こうやって書いてみると「大学いらない?」みたいな話になるかもしれません。
もちろんそれはないです。
僕も最近は街にでて研究することが多いですが「ずーっと研究室にいる」というときもあります。朝から晩までっていうのはもちろんのこと、そういう生活が数ヶ月続くということですね。
僕にとっては、家でやったり、街でやったり、研究室でやったり「そのときの気分で場所を選べる」というのがいいのかなあと思っています。
最近の傾向をいうと、大学にいくときには「目的がはっきりしているとき」になってきたかんじがしますね。「図書館にいきたい」「購買であれ買いたい」「だれかとミーティングがある」などなど、「これがしたい」という明確なニーズがあるときにいっているかんじもします。
まあこれは僕が文系だからというのもあると思いますけれど。もちろん研究のフェーズにもよるんですけどね。実験や実践をしたりしているときにはこんなに自由にはいきません。
そういう意味では、自分の居心地がよいと思う場というのは、ひとつに限らず、複数もっていて気分や状況によって使い分けているのかもしれませんね。
あなたにとって居心地の良い場とはどういう場ですか?そして、どういうふうに使い分けていますか。なにかあったら教えて下さいね。
■参考リンク
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ブログの文体を試行錯誤なう:物語として伝えるためには?

最近ブログの文体をいろいろ試行錯誤しています。
これまでは、比較的まじめで、まとまった内容を簡潔に書いていくようなかんじがこのブログのスタイルだったと思います。(と、自分では思っているんですけどね(笑))
しかし、それだけではどうも面白くないなということで、テイストを試行錯誤しています。
よって、最近は「記事」と「記事」のあいだにテンションや文体のギャップが見られます。
これをいわゆる「ギャップの演出」と捉えるのであれば、だれでも一度は聞いたことのある恋愛テクニックであり、
「あれ、この人ふざけているかと思ったら意外にまじめなのね」 
「まじめかと思ったら、意外に抜けている一面もあるのね」
的なポジティブな意味があるのですが、最近はあまりにテンションが異なりすぎるため、むしろ「不安定な人だな」と思われかねないと心配して夜も寝られません。いや寝てますけど。
私が最近いろいろテイストを試行錯誤している理由はいろいろありますが、そのひとつは水野敬也さんのブログを読んだからでもあります。
「ウケる日記」
水野敬也さんという名前をご存じない方でも「夢をかなえるゾウ」という本のタイトルを聞いたことはあるのではないでしょうか?
最近水野敬也さんのテイストにはまり、ちょっくらマネをしているというのもあるのです。
私がテイストにこだわる理由は「同じことを伝えるとしてもわかりやすかったり、すっと入ってくる形式はないのか」を考えているからでもあるでしょう。
僕は水野敬也さん以外にも、
・戸田山和久先生の「論文の教室」
・ゆうきゆう先生の「マンガで分かる心療内科」
なども好きなんですが、これらに共通するのは
「なにかの知識やメソッド」を、「物語の形式」として「共感も含めて」伝えることができる
という点なんですね。そういう意味で、私はここで挙げさせていただいた3人は全員好きなのです。「もしドラ」もそういう意味では入ってくるかもしれませんね。
自分自身がブログに書く内容も、ある意味でいえば「何かの方法」や「知識」だったりするわけです。その方法や知識を「論文とは違うかたち」で面白く、わかりやすく伝えることができるかを考えてみたいんですね。
そうした方法は、いわゆる「論文の書き方」とは異なるものであり、さらにこうしたスキルは「書いてみながら、自分にしっくりくるように体になじませる」必要があると思うのです。
よって、最近練習も兼ねていろいろなテイストで書いています。
好評なのか不評なのかはわかりません。
「面白かった」
という感想から
「最近のあのノリなんなの!?」
的な感想まで、いろいろいただいてはおりますが、まあそのうち舘野テイストなるかたちを生み出していきたいと思っている所存です。
ブログを読んでいただく際に
今日はどんなテイストで書いているのかな?
ということもひとつの楽しみにしていただけますと幸いです。
今後とも何卒tate-labをどうぞよろしくお願いします。
水野敬也さんの本はどれも面白いのでおすすめですよ。
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戸田山先生の本は「新版」がでました!すばらしいですね。レポートの書き方本ではもっともおすすめできる一冊です。
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ゆうきゆうさんの本はこちらです。漫画はネットでも見ることができますね。
ちなみに「文体」といえば、最近内田樹先生の「街場の文体論」読んでますが、この本かなり面白いです。内田先生が大学でやっている「クリエイティブ・ライティング」の授業内容を本にしたものです。これはかなりしびれたので、この本の内容についてはまた詳しく書きたいと思います。
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変わること、変わらないこと、どちらをも許容できる環境の大切さ

先週書いた自分のブログを読み直してみました。
読み返して思ったのは、最近自分が興味を持っていたことのひとつは「アウトプットによる学びを支える環境」なのかなと思いました。
経験をする、アウトプットをする、こうしたことによる学びの効果が言われているものの、実際それをやるのはとても大変なことです。
最初の一歩を踏み出す怖さもありますし、なにより失敗する怖さもあります。
こうした前提条件をクリアすることなしには十全に学習が起きなかったり、それこそ「はいまわる経験主義」的になってしまうでしょう。
うまくいくためにはなにが必要なんだろうということを、あらためて色々考えていた気がします。

もうひとつ興味をもっていたのは、ひとつめと関連して、「考え方」とか「学習観」といった信念レベルのものはどう変わるのかということを考えていた気がします。
この点についても、自分なりにまとめたり、色々なコメントもいただきだいぶ考えがまとまってきました。
今回その中で面白かったのは、必ずしも失敗を乗り越えるとか、変わるみたいなことは必要ないのかもなと思ったことでした。
例えば、修羅場から逃げることもひとつの大きな学びのきっかけになったということや、必ずしも変化しなくてもいいのではないという話は自分的にとても面白かったです。
「大変な状況にぶちあたり、それをなんとか乗り越えて、俺は変わったのだ!」
というストーリーはたしかにあるだろうと思います。
ただ、それだけではないのかなと。
「ある出来事を通して、自分と向き合えた」
「変わったかはわからないけど、自分の弱い部分がわかった」
ということも十分大きな学びなんだろうと思いました。

ということで、今週はこんなテーマについてあれやこれやと考えていました。
なんとなくですが「変わること、変わらないことのどちらをも許容できる環境の大切さ」を感じた気がします。
自分の記事を振り返ると色々見えてくるものですね。
時々自分が書いた記事を振り返ってみるとなにか気づくことがあるかも?
振り返りは大事といいますしね。

また来週も順調にブログを更新したいと思いますー!
Posted from するぷろ for iPhone.