「お好み焼きをつくる楽しみ」をデザインする:ワークショップデザインの基礎

最近授業や研修で行われる「参加型の場」というのは、すごく簡単にいえば、「お好み焼きをつくる楽しみ」みたいなものを提供しているのかなと思っています。授業とかよりいわゆるワークショップですかね。

一方的に面白い話を聞かせる授業は「おいしいごはんを用意して、さあ召し上がれ」的なかんじかなと思います。参加者は用意してもらった料理を楽しむという姿勢になります。

「お好み焼き」は、デザインする側が用意するのは「材料」と「環境」のみ。参加者にとっては、むしろ「つくることが楽しみ」なので、その部分をこっちでやってあげたら楽しくありません。ひっくり返すときに失敗してもいいのです。それが楽しいんだから。

参加者主導型の場をつくる場合には、こういう「お好み焼きをつくる楽しみ」的な場を設計する感覚を持っているのかなと思います。

ここで紹介した2つの方法のどっちがよいとかは特にありません。その場にあった方法を選べばよいです。一番よくないのは「やりたいこと」と「方法」がねじれている場合です。

来た人が「おいしい料理でもてなしてほしい」と思ったのに、「自分でつくれ」と言われたら、なんでって思うでしょう。

反対に「自分でつくるのが楽しみ」と思ったのに、代わりに全部つくってくれたら、ほんとはそこをやりたいのにと思うでしょう。

このように、その場で志向する方法と参加者の期待をうまく一致させるということが大切になってきます。まあだんだんなれてもらうというのもひとつなんですけどね。

今日は「お好み焼き」を例に、場の設計について説明しました。

説明していたらお好み焼きが食べたくなってきました。。。

あなたがつくりたいのはどんな場ですか?

リーダーシップ教育も、場をつくる楽しさを感じてもらうのが最初の一歩なのかなと思っています。

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文章が書けないときは心を無にして「文字数メモ法」がおすすめ

文章は書き始まってしまえばわりと楽になんですが、スタートが一番大変です。

大変な理由は、単純に心理的な要因もあるはずです。

「よい文章を書かなくては!」という自分で作り出したプレッシャーと戦うと一歩目が踏み出せません。

そんなときに僕がやるのは、とにかく内容は気にせず、「文字数しか気にしない」という方法です。

最初に「今日は何文字くらい」という目標を立てます。

そしたら、とにかく内容の細かなところは気にせず、文字数だけ目標に近づけるよう、無心で書きます。

ポイントは「途中経過をメモする」という点です。

例えば、10分で集中力が切れた場合、そのときの文字数を適当にメモします。そして次また書き始めて集中力が切れた時点で、文字数をメモするのです。例えばこんなかんじです。

9時 スタート
9時10分 425文字
9時25分 613文字
9時30分 640文字
10時 1112文字

こうやってやっていくと、積み重ねが見えるので、着実に前に進んでいるという安心感があります。

また、だいたい自分のペースもわかってくるので、目標達成までどのくらいがんばればよいかの計画が立つようになります。そうすると、ここで休もうとか、ここでペースをあげようとかができるようになります。書くのが大変なのは、作業が読めないからというのも大きいと思います。

これを続けて、ある程度の分量が溜まってくると、まず心理的な安心感がでてきて、あせらなくなります。

それと、掃除をはじめると最後までやりたくなるのと同じで、書きはじめると、直したいところや、書き加えたいところがでてくるので、わりと自走します。

こんなかんじで困ったときはこの方法を使って書いています。

最近思うのは、書くことのように表現を伴う活動は、「よい・悪い」とか「恥ずかしい」みたいな感情に左右されずに、いかにそれをやり続けられるかかなと。

変にテクニックを身につけたり、よい文章とは何かを考えると、行動できなくなるので、とにかく動いてから考えるということを大切にするといいのかなと思っています。

ブログはこれくらい15分で書けちゃう(ここまで859文字)のですけど、書籍や論文はやっぱりたいへんですね笑 がんばります。

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「これやっといて」から生まれる上司と部下のコミュニケーションのズレを埋めるには

上司「これちょっと会議用に書類コピーしておいて」

部下「わかりましたー」

部下「はい、こちらでコピーをしておきました(とりあえず印刷したものをドサッ)」

上司「ありがとう…。(ほんとは会議用なんで、クリップ止めて、すぐ配れるようにして渡してほしかったんだけどな。。。)」

何気ない一言の指示をめぐるやりとりですが、こういうちょっとしたズレというのはいろいろあるのかなと思います。

上司からすれば、「会議用にコピー」ということから、「配布すること」などを前提に指示をしているわけです。しかし、部下としてはそのまま言葉の通り「コピーをしておく」ことをやっておいたということになります。

これはなかなかどっちが悪いと言いにくい現象ともいえると思います。

これを少し整理すると、

・上司サイドとしては「隠れた意図(前提)」はいちいち説明せず「○○をしてほしい」という行動の指示をした
・部下サイドとしては「○○をしてほしい」という行動をそのままやり「隠れた意図(前提)」は意識しなかった

ということになります。

たぶん上司としては「そんなこといちいち説明しなくても察してくれよ」と思うでしょうし、部下としては「だったら、それを先に言ってよ」的な気持ちになると思います。

これらをリーダーシップ的な視点からみると、実はどちらサイドにもやれることはでてくるのかなと思います。

まず上司の視点からいくと、察してほしいということは理解しつつ、「何が目的か?」ということや「意図や理由」を少しだけ言語化してみる意識をもってもいいかもしれません。自分にとってはある意味「自明」でも、新人にとってそれをすべて理解するということはどうしても難しいです。

やってほしい「行動だけ」を示すのではなく、「なぜ」という理由もそえてみましょう。そうすることで、部下も「だったら、こういう準備をしておこう」というかんじで、「自分で考える癖」をつけられるかもしれません。

次に部下の視点からいくと、言われた行動の指示をやるというのは最低限やるとして、その背後にある「隠れた意図はなにか」も一緒に考えてみる癖をつけてみるとよいでしょう。

「この資料はなんのために使うのか?」、「上司はどういう状況をつくりたいと思っているのか?」という、ある種の「共通のゴール」を探す癖をつけておくということです。

こうしておくと「単に言われたことだけをやる」のではなく、「その先にある目的を意識して、ちょっとしたお手伝い」ができる可能性が高まります。

最初はわからなかったら聞いてみるのも大事だと思います。「これ配布するならクリップで止めておきますか?」など、聞いてみて、反応を見つつ、「達成したいことはなにか」を探っていくと、常に先に動くことができるようになると思います。

今日はコミュニケーションのズレについて書きました。

リーダーシップや主体性の問題は、その個人の問題というだけでなく、「相互の関係の中でたち現れるズレ」によって引き起こされることも多いです。なので単純に「上司が悪い」「部下が悪い」ということに回収されないことが多いのですね。

現在起こっている状況をちょっと俯瞰してみて、お互いが歩み寄れるとよいですね。

それがよいチームに近づく第一歩になると思います。

■リーダーシップ教育に関する書籍はこちらです

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「リーダーシップのための論理思考」の授業がスタートします:授業のポイントとは?

いよいよ今週から大学の授業がスタートです!後期の授業は色々担当していますが、その中のひとつに「リーダーシップのための論理思考」の授業(BL1)があります。

この授業では、効果的なリーダーシップ行動ができるようになるために、論理思考を鍛えることが目的です。論理思考というと堅苦しいかんじがしますが、この授業で取り扱うのは、

「起こしたい結果(目的やゴール)は何かを明確にして、その結果が起こるための仕組みを想定し、解決策のバリエーションを考え、アクションを起こす」

ということを学ぶかんじかなと思います。

表現が堅いですね笑 もっと簡単に説明するために、逆を考えてみましょう。

普段、論理思考を使わずに起こっていることはたとえばこんなことだと思います。

・ついつい本来のゴールや起こしたい結果を特にあんまり考えずにやってしまう
例1)ミーティングで集まるけど、結局ミーティングのゴールが決まってないから、グダグダで終わる
例2)何を伝えたいのかわからないまましゃべりはじめてしまい、結局相手に伝えたいことが伝わらない

・ゴールを起こす方法・手段はひとつじゃないのに、分析せず、思いついたものをやってしまう
例1)チームメンバーのやる気がないから、懇親会やればいいや(懇親会以外にも本当は方法があるのに)

例2)早起きするためには、爆音の目覚ましが必要だ(それ以外にできることは?)

みたいなかんじですね。

この授業で考える練習をすることで、こんな会話ができるようになるといいなと思ってます。

・今日のミーティングの目的ってなんだっけ?何ができたらゴールかな?
・私が言いたいことは、要は○○なんだよね。なぜかというと・・・
・チームメンバーのやる気を出したいけど、やる気でるときってどんなときだろ?やる気がでるときのポイントをいくつか整理できれば、懇親会以外の方法も思いつきそうだよね

これらのポイントを整理すると、

・常に目的(起こしたいゴールや結果)を意識する
・目的を達成するための重要なポイントを整理する(仕組み化する)

というふうにまとめられます。

こういう力がついてくると、リーダーシップ行動における、

・よりよいビジョン(目標)を掲げ、共有する
・仕事を分解して、仲間とよい役割分担ができる
・仲間のモチベーションを高める

などがより効果的におこなえる可能性が高まります。

考える力を高めることで、より効果的なリーダーシップ行動ができるようになるといいですね。

授業は、自分たちで学ぶだけでなく、最後は自分が学んだ論理思考を「高校生に教える」ということをします。毎年300人以上の参加者がおとずれるイベントになりました。「教えることで学ぶ」というのは、非常に学習効果が高い方法です。

1月の晴れ舞台に向けて、よりよく学び、よい場を提供できるよう、一緒にがんばっていきましょう!

授業の予習をしたい人は、こちらにざっと目を通しておくとよいと思います!3年前の授業なので、内容は今年と少し変わっていますが、大事にしたいポイントは同じです。

「論理思考を学ぶ授業」のポイントまとめ
https://togetter.com/li/880589

1月のイベントの様子はこちらにまとまっています。

高校生300人に、大学生300人が論理思考を教える?:立教大学経営学部の授業体験を実施しました
https://www.tate-lab.net/mt/2016/01/1500.html

どんな授業をやっているのか参観(見学)したいという方はこちらのサイトをご覧下さい。
http://cob.rikkyo.ac.jp/blp/2982.html

この授業の様子は、書籍にもまとまっておりますのでご興味ある方はご覧下さいませ!特に実践編ですかね。

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熱くビジョンを語れば語るほど周りがひいてしまうのはなぜか

「うちの組織はこうあるべきだ!」「職場をこんな場にしましょう!」

自分の組織のビジョンを立てて、語ることはリーダーシップにおいて重要です。

その一方で、だれかが中心になって、熱くビジョンを語れば語るほど、なぜか周りの人たちが「ちょっとうっとおしいな」と感じてしまうということも、これまたよくあることなのかなと思います。

語られているビジョンの内容が微妙ならまだしも、内容にもそんなに異論があるわけではないのに、なぜか心理的な距離がひらいてしまうのはどうしてなのでしょうか。

今日はぼくが体験した、ある会社のロールプレイの感想から、自分の考えを書いてみようと思います(研究知見からではなく、あくまで体験談です)。

ビジョンに対して少し引いてしまう感覚というのは、ビジョンの内容は頭で理解はできるけど、気持ち的にはどこかにちょっとした違和感が残るというかんじかなと思います。

もっと簡単にいえば「いまの自分たちのことをわかってもらえていない感」ともいえるかもしれません。

「変化しよう!」というメッセージは、「いまのままじゃだめだ」ということを伝えていることでもあります。

「もっと楽しく仕事しようぜ!」
「もっとクリエイティブになろうぜ!」

という言葉は、それだけ見たら特に悪い言葉とは思えません。

でも、意外と面と向かって言われたら、「普段つまらなそうに、だれでもできる仕事をしているよね」と言われているような気持ちになることもあるのかなと思います。

もちろん、メッセージを発する側はそんなことは感じていないのかもしれませんが、聞き手にはそのように「聞こえてしまう」ということがあるのかなというかんじですね。

そう言われてしまったら、「自分たちだってやりたくてそれをやっているわけじゃないし、目の前の仕事をやって組織に貢献しているんだぞ!」とか「いままでだって、それなりにやってきたんだぞ!」という気持ちになるのではないでしょうか。

そして、一度そういう気持ちになってしまったら、本当は「楽しく、クリエイティブになる」という変化をしてもよいと思っていても、その変化を受け入れるというのは、「いままでの自分の仕事は取るに足らないことだった」ことも同時に認めなくてはならず、そんなことはしたくないので、変化を受け入れないということになってもおかしくないのかなと思います。

抵抗したいのは「ビジョンの内容」ではなく、「わかってもらえていないこと」なのです。でも、なかなかそれは表に出てこないので「内容の議論」をしてしまい、どれだけロジックを詰めても、先に進めなくなります。

こうなってしまうと、よかれと思ってはじめた「組織のビジョンを語ること」が、結果的に「変化を生み出せない」どころか、「いままで普通にやっていた仕事に対しても、疑念を生んでしまう」ということになってしまいます。これだけはどうしても避けたいことだよなと思います。

これを避けるために何が必要かは、まだぼくの中でも明確ではないのですが、とにかくまず一歩目は「現場の状況を聞き、心で理解する」ということなのかなと思います。

これは別に「変化をせず、そのままでよい」ということではありません。

最終的には、一緒に変化の道を歩んでいきたいわけですが、その前に「現在の状況を相互に心で理解する」というステップを踏まなくては、いきなり前に進むことはできないのかなと思います。

今日はビジョンについて、自分の体験談から考えを整理してみました。全体として自分の感覚で書いているので、まだうまく整理できていないこともあるのですが、色々このあたりにヒントがあるように感じています。

ビジョンの問題、どう考えますか?

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組織を「中から」デザインする:2泊3日の合宿研修をしてきました(速報編)

先日、「組織の学校」のプロジェクトで、2泊3日の合宿研修をしてきました。組織の学校は、北野清晃さん、山田夏子さん、安斎勇樹くんと一緒にやっているプロジェクトです。

この合宿では「外部から組織に関わる」のではなく、組織の「中」にいる人たちが、組織を次の一歩に進めるためには何が必要かということを考えるというのが目的でした。

プログラムでは、身体を動かすダンスや、自己理解を深めるワーク、そして、自分の組織の問題について分析したり、ロールプレイをしたりしました。メインファシリテーターは山田夏子さん(なっちゃん)でした。なっちゃんの場の仕切りはぼくも勉強になることがたくさんでした。

組織に対して何かをするというのは、単純にHowの問題だけではありません。組織に働きかけようとする自分は何をよしとしているのか、そして、組織が変わろうとするときに、そこにいる人達にはどんな思いや声があるのかをじっくり考えるということは必ず必要になります。

それをしないと、組織を変えようとすることが、個人のエゴになってしまったり、よりよくするつもりが、結果的に相手を攻撃したり、傷つけることになったりしてしまいます。

2泊3日という時間をかけて、これらにじっくり向き合えたのはぼくにとっても非常によい機会となりました。

そして何より印象的だったのは、参加者のみなさんのパワーです。自分の周りの環境に対して、少しでもなにかできないかという想いのパワーを受け取りました。その想いを少しでもプラスのカタチに変換できるために、自分が出来ることは何かをフルに考えきった3日間でした。

組織にいる人たちが、気持ちよく働ける環境をつくるために何ができるのか?

この問いについてもっと深め、自分が研究者としてできることをやっていきたいとあらためて思うような場でした。

まずは参加してくださったみなさん、運営メンバーのみなさん本当におつかれさまでした!特に、なっちゃんのファシリ力と参加者と向き合う姿勢は、ぼくにとって大きな学びとなりました。

今回は速報版ですが、また詳細をブログに書こうと思います!

【リーダーシップ教育に関する書籍を出版しました】

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他人の代わりに筋トレをしてあげることはできない

相手のためを思って一生懸命なにかをしてあげたいと願っても、他人の代わりに筋トレをしてあげることはできません。周りの人がやることは、筋トレをする人を周りから支援することです。

最近「教え方の研修」をする際に、この例を使いながら、「教える側のかかわり方」について説明しています。

教える側が一生懸命になればなるほど「教師が代わりに筋トレをしている」、そして受講生は「それを眺めている」ということになりがちです。

でも、考える力を身につけるためには、受講生が自分の力で筋トレをしなくてはなりません。周りの人たちがやることは、

・筋トレをやりたくなるようにする
・筋トレの効果が最大限になるようなプログラムを一緒に考える
・筋トレを継続できるように伴走する

などが考えられます。

筋トレは「自分でやらなくちゃ意味がない」わけですが、だからといって「完全に放置」では、支援者としての意味がありません。効果的なトレーニングのための知識を与えるもできますし、それらをやり続けることを支援することもできます。

このように、色々な方法を使って、本人が自分のことをしっかり成長できる環境を構築するというのが、教える側の役割なのかなと思います。

今日は教え手のあり方を「筋トレ」に例えて説明しました。

双方向性をいれた授業が求められていますが、色々な手法に翻弄されるのではなく、自分ではなく、相手が成長する環境とは何か、そしてそれに伴走する人としての役割は何かということを考えると、自ずとやるべき教育方法が見えてくるのではと思います。

リーダーシップ教育も、「本人が自分から動くこと」を支援する環境を構築することが求められるので、そういう環境をいかにつくるかを試行錯誤しています。そのあたりは書籍にまとめてあるので、よろしければご覧下さいませ!(画像をクリックするとAmazonのサイトに移動します。)

 

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「変革」や「改革」という言葉は強すぎる?:みんなが前に進むことをどう表現するか

いまは時代の過渡期だからか「○○の変革」とか「○○の改革」という言葉が使われることは多いかなと思います。教育改革とか、組織変革など、ぽっと思いつくだけでも色々あります。

世の中が変わってきているので、何かを変えていこうというはぼくは賛成です。

それ自体は賛成なのですが、「変革」とか「改革」という言葉は、言葉として時に「強すぎるかも」と感じることも少しずつ増えてきました。

変革とか改革は「する側」の立場にいる人たちにとってはよいですが、自分が「される側の対象」だと思ったら、非常に怖い言葉ともいえます。

例えば、ある日なにかの「改革・変革」のミッションを持った人が、自分のところにやってきたら「いままでの自分は間違っていた」と思わされるのではないかという気がしています。

それで「よし、次に向かってがんばろう!」と思えるならよいですが、本当にそう思えるのかなというかんじもしています。

まあもう「変化」が目的ではなく、「メンバーの再編」が目的なら、それでいいのかもしれませんが。

たぶん、ぼく個人が違和感を感じるのは「変革」「改革」という言葉には、

・「する側」と「される側」が想定されているように感じること
・過去に対する過度な否定を含むこと

の2つがあるからかと思います。そうではなく、

・一緒に変化しようよ
・過去は過去でそのときの最適解でがんばってただけで、次の時代の最適解を考えればいいよ

という方が、やる気がでるし楽しいのかなと思っています。

その意味では、ぼく自身は落合陽一くんなどが言っている「アップデート」という言葉の方がまだしっくりくるようなかんじもしています。もちろん、もっとしっくりくる言葉は他にあるのかもしれませんが。

ということで、今日は「変革」や「改革」という言葉について考えました。

あなたはどんな言葉なら、みんなで「一緒にがんばろう!」と思えますか?

「太ったときほど体重計に乗れない的な現象」をどう乗り越えるか:データによる現状把握と成長

何かを学ぶ・成長するためには、まずは「現状把握」が大切になります。「いまどのくらいなの?」というのがわからないと、目標設定や効果的なトレーニングができません。

しかし、人間というのは、そんなにロジカルなものではございません。

例えば、特に体重などを意識してないときにはひょいっと体重計に乗れますが、「最近太ってきたなー」と思っているときは、そもそも怖くて体重計に乗れません。本当は現状把握をしなくては何もはじまらないのですが、状況が厳しくなればなるほど、「現状把握したくない!」と思ってしまうのです。

これを「太ったときほど体重計に乗れない的な現象」と適当に名付けました。

この例は体重計ですが、おそらくさまざまな場面でこれは当てはまるのではないかと思います。

例えば、個人が何かを学ぶというときにもそうでしょうし、組織を変えるというときにも「現状把握をしましょう」とそもそも言い出せる雰囲気かどうかというのは大きいと思います。

「現状把握」は、ただ現状を把握するだけの行為なのですが、そもそも「現状把握をしてもいいよ」とすんなり思えるなら、大きなハードルをすでにクリアしているようなもので、本当の問題は「現状把握すらしたくない!」と思っているケースではないかと思います。

これってどうやって乗り越えたらいいのかというのは正直ぼくも悩んでいるところです。

無理矢理、現状把握させてしまうというのも、組織によってはできるかもしれませんけど、それでいいのかという問題もあります。

その中で少し糸口になりそうかなと思うのは「うまくいっていない現状のデータ」の扱いです。

これを見てショックを受けたくないというのが人間の心理なら、最初のデータは「記録するけど表示しない」っていうのもありなんじゃないの?と思うのです笑

要は「何かがよくなればいい」のですから、必要な情報は「差分」ですよね。

とりあえず「現状の情報」は記録としてはとっておいてもらってよくて、少し経った後に「ポジティブに変化しているものは何か」だけ教えてくれればいいのかなと思います。ポジティブ変化の例が少なかったら、これを増やそうとがんばっちゃうんじゃないかなと。

結局一番の目的は、「自分をポジティブな方向へ進ませるための行動を促すことができるか」であり、「現状をありのまま通知すること」ではないのではないかと思います。もちろん、ありのまま通知することが「行動を促す」のであればそれでよいと思います。

ただ、体重計問題と同様に、「見たくない」という人に無理矢理見せるということが、本当に学習を促すのかなというのは最近考えるところです。それが必要ということももちろんあると思うのですけどね。

先日こんな記事も書きましたが、「優しく、穏やかに気づくこと」は成長にとっても重要なことなのかなと思っています。

優しく、穏やかに気づくことの価値:成長のためのフィードバックのあり方とは

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地方のシンプルさと都会のバリエーションを両取りする

今年は例年に比べて、地方に目を向けて仕事をする機会を増やしています。これまではあまり「地方」とか「地域」ということに真正面から取り組む仕事はやってこなかったのですが、日本が元気になるとか、少し大きな視点を持って仕事をしようとすると、絶対に外せない視点となってきます。

まだはじめたばかりなので、なにかちゃんとしたことはいえませんが、自分が感じた「地方」と「都会」で働くことの違いについて少しまとめておこうと思います。

今回は「地方のシンプルさ」という観点からです。

地方にいって感じることというのは、自然がきれいとか色々あるんですが、個人的に一番感じるのは「生活がシンプル」ということかなと思います。

シンプルというのは、要は「選択肢の数が多くはない」ということです。例えば、ご飯を食べに行くとしても、行くお店の数はそんなにあるわけではありません。これはネガティブに捉えれば「選択肢が少ない」ということかもしれません。でもポジティブに捉えると「生活がシンプル」なので、それはそれでとても生きやすいんですよね。

生活の時間帯や、お店、やることなどの外枠がある程度決められているので、その中で自分がやりたいことを選べば良いということになります。

一方、都会であれば、「パスタが食べたい」と思ったときに、「パスタが食べられるお店」だけで、選択肢がむちゃくちゃあります。しかも、どんな時間帯でもいくことができます。これを「選択肢が多くて良い」とも捉えられますし、「選択肢が多すぎていちいちめんどくさい」とも捉えられると思います。

ぼくはどっちがよいというわけではないのですが、都会から地方にいって少し生活をすると、

「限られた選択肢の中で、いちいち色々な選択肢に頭を悩ませるのではなく、目の前のことに少し長い目でコツコツ取り組む」

という雰囲気を感じます。

こういう雰囲気って、研究をする上でもすごく大切になってくるので、地方の雰囲気を感じつつ、自分の仕事をするというのはけっこいいなと思ったりしています。

都会にいると、常に複数の選択肢の中からスピーディーに選択して、次に進むということを、並列でいろいろやるという空気のなかで生活しているかんじがありますね。

今日は地方と都会について「シンプルさ」という視点から書きました。

地方と都会どっちがよいというのは特に感じるわけではなく、その人のライフスタイルにあったものを選べばよいと思います。

ぼく個人としては、「どっちもいいな」というのが正直なところで、「都会か?地方か?」ではなく、「都会と地方の両取りをいかに実現するか」という問いが個人的に一番ワクワクするなーと感じています。

これからどんどんと新しい働き方が出てくるでしょうから、自分自身もいろいろな経験をしながら、しっくりくる働き方をみつけたいなと思っています。

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