補給なき中での戦線拡大が止められない時代をどう生きるか

「ヒト・モノ・カネ」がまったく補給されない中で、コンセプトや計画だけ広がっていってしまい、いつかそのギャップに耐えきれなくなって破綻する。こういうことはいつか来た道でありながら、何度も繰り返されていることではないかと思います。

こないだぼくの友人のAくんが、

「結局会社で言われていることを要約すれば、応援はしているけれど、ヒト・モノ・カネは出せないし、失敗したときにも責任はとれませんてことだよね」

と言ってましたが、こういう状況は、ある意味で日常にもなりつつあり、そんな話がされれば、口々に「ああ、それうちもだわ」的ななんともいえないあきらめにも似た雰囲気もあるのではと思います。

普通に考えて「応援」というのは、「本当に心に響いて、この人のためならがんばれる」と思えるか、そうでなければ「ヒト・モノ・カネ」のどれかを出すかしかないと思ったりもしますけど、そうではない応援も大人にはあるというせつない事実でもあります。

補給がないのに、戦線を広げてもすぐには破綻しないのは、結局は「現場が無理をしている」だけのことです。そしていつしか「無理」がデフォルトになり、「これでもできるなら、もっといけるのでは」というなぞの期待が働き、戦線の拡大が止められず、いつか「本当に無理」になったときにすべての計画が破綻するというプロセスを踏むのかもしれません。

計画が途中で破綻しても地獄、変に計画が成功してしまったらそれはそれで「これでもできちゃうじゃん」ということになり、その先が地獄という、なんとも希望のない状態でもあります。

結局のところ、身の丈にあった成長の進度で進むしかないとは思うのですが、大きく見せないと、日常もままならないという状況から、「一応総ハッタリ時代」状態であり、無理がたたったところから破綻していくということになるのかなと思います。

どうやったらこれを抜け出せるのかと考えるとなかなか難しいです。

ただ、我々は「ハッタリとしてのビジョン」に頼りすぎなのかなとも思っています。ビジョンは大切ですが、語ったところで現状が変わるわけではありません。

その友人いわく、

「ビジョンとか計画なんて語らないのでいいので、とりあえず現場を見にこい」

とのことでしたが、なんとなく言わんとすることはわかるなあと思ったりしたのでした。

「補給なき中での戦線拡大の時代」を生きるためには、ある意味でいえば「物分りよく生きない」ことも必要だろうと思います。

そして「ビジョンを語る」ことは重要でありながらも、実はそれ以外の多くのことが求められている時代なのかなとも思うのでした。

【高校生・高校教員の方向け】「学生のリアル」がわかる体験型オープンキャンパス(立教経営)に参加しませんか?(1/12)

2019年1月12日(土)14時〜17時30分に、立教大学池袋キャンパスで「立教経営の授業や学生の雰囲気」をリアルに感じられる体験型オープンキャンパスをおこないます!参加費はもちろん無料です。

・まだどこの大学・学部にしたらいいのか進路先を迷っている人
・オープンキャンパスよりももっと詳しく大学の雰囲気を知りたい人
・立教経営に入学したいので、入学前に雰囲気をつかみたい人

などにおすすめのイベントです。

興味のある高校生はぜひ以下からお申し込みくださいませ。

<以下のフォームからお申し込みができます!>
https://goo.gl/8vWzrt

※高校教育の関係者のみなさまがいらっしゃいましたら、ぜひ高校生にリンクを共有していただけますと幸いです。

このイベントの特徴を一言で表すならば「立教経営で実際におこなっている授業の内容を、大学生と一緒に学ぶ経験ができる」という点です。

通常、オープンキャンパスで体験する授業は、「オープンキャンパス用」に作られたケースも多いです。しかし、今回のイベントはそうではありません。

「実際の経営学部の授業」の一環でおこないますので、「入学したらあなたも受講をすることができる授業」を体験してもらいます。

今回は授業を教えるのは「先生」ではなく、「経営学部の1年生約300人」です。

授業で学んだ「論理思考」を、「高校生がわかりやすく学べる」ように、オリジナル教材をつくって準備しています。一緒に体験しながら、学びを深めていきましょう。もちろん、実際の大学生活について話をしたりする時間も設けています。

このイベントがスタートしてからもう数年が経ちますが、参加者は毎年増え続け、100名程度の参加から現在は300人を超えるご応募をいただくイベントになりました。当日はこんなかんじの教室が複数出来ます。

参加者の満足度も高く、アンケートの結果を見ると、「4.8点/5点満点」という数値がでています。

参加した学生からは以下のような声をもらっています。

・正直立教と他の大学の区別ができていなかったけど、これを体験したことで第一志望になった
・聞くだけの授業かと思ったけど、体験型で面白かった
・直接先輩と話すことができたので、大学生活のイメージが湧いた

最近ではこのイベントに参加して立教経営に入学を決めたという学生にも会うようになってきました。イベントの写真を振り返ると、高校生のときのその学生の姿がうつっていることがあり、とても驚きます。

イベントの定員は、今年はさらに増席して「400名(先着順)」としています。(※先着200名様に立教大学経営学部オリジナル限定グッズをプレゼント )

多くの高校生と会うのを楽しみにしておりますので、ご興味ある方はぜひ以下からお申し込みくださいませ!

<以下のフォームからお申し込みができます!>
https://goo.gl/8vWzrt

 

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「自分にしか語れないこと」をストーリーとしていかに話すか?

「人を動かす言葉」について突き詰めていくと、結局は「自分だからこそ語れることはなにか?」という点に行き着くように思います。

例えば、「こんなイベントあるからぜひきてね!」ということを伝えたい時に、イベントの詳細の情報は必要ではあるのですが、それに加えて、「あなたの視点からみた、あなただからこそ語れること」をどのように入れ込むかがやはりキーとなります。

この「自分だからこそ語れること」というのは、客観的に第三者視点で話すというよりも、どちらかというと「自分にどのような意味があったのか」という、私を主語にした「意味の語り」となります。ある種の私語りをどのようにできるのかというのは、実はいまの時代ますます必要になっていることのように思います。

もちろん、客観的で分析的な視点がいらないわけではありません。ターゲットはだれなのか、何を伝えるべきなのかなど、ロジカルに詰めていく必要は当然あります。

それらを前提にした上で、そこで整理した目的や伝えたい内容を押さえたかたちで、「語り」がいれられると完璧というわけです。

今日はストーリーについて語りました。

ロジカルに状況を整理することと、自分だからこそ語れる「私語り」の力というのは両方があることで大きな力になります。

これらを駆使してなにかを伝える体験をたくさんしておくといいのかなと思っています。

ついついやる気がでてしまう「ちょうどよい不便さ」とはなにか?

「不便」というと、基本的には気が利かないかんじがしていやなイメージがありますよね。でも、それなりに不便だからこそ、「余白」の部分があるので、気づいたらこっちがついついがんばっちゃったり、カスタマイズの余地があったりして、かえってやる気がでてしまうということもあるのではないでしょうか。

例えば、いつも使っている教室や研修ルームなどが微妙に使いづらいときに、「もっとこうすればいいんじゃないか」みたいなかんじで、ついつい主体的になってしまうみたいなことはあるのではと思います。

このように、ある種の「ちょうどよい不便さ」というのは、かえって周りの人のやる気を引き出すことになったりするものだと思います。

「完璧なもの」もいいのですが、完璧すぎると、「だったらそれでいいよね」となり、完全にお客さんモードになってしまい、かえってやる気がなくなるみたいなこともあるからですね。

最近はこの「ちょうどよい不便さのあんばい」とはどのくらいのものかということを意識しています。

「ちょうどよい」としたのは「単に不便」だったら、「じゃあ別のものでいいや」とか「不便すぎてやる気がしない」ということになるわけですよね。「うっかり手伝っちゃう」くらいの不便さというのは実はけっこう絶妙なバランスなんだろうなと思います。

そしてこれは案外と「人」や「リーダーシップ」にもあてはまることかなと思っています。

「完璧すぎる人」だと、「自分でやってよ」となり、「少しくらい余白がある人」だと「しょうがないなあ」になり、「ぐだぐだなひと」だとそれはそれで「自分でやってよ」になりますよね笑

この「しょうがないなあ」の範囲とはどのように形成されているのかというのが最近の関心です。もちろん、これは「する側」「される側」の相互のインタラクションによって生み出されているものだと思うんですけどね。

今日は「ちょうどよい不便さ」について書きました。

「やる気のでちゃうちょうどよい余白」ってなんなのでしょうね。

「言わなくてもわかる」というコミュニケーションはよいことか?

わざわざ声に出さなくても伝わるというのは、なんとなくうれしいことやいいことのような気がしますよね。

「言ってないのに察してくれる」というのは、「自分が口に出してわかってもらうこと」よりも、なんとなくよいことという前提があるのかなと思います。たしかにそういうふうに感じる側面はありますよね。

ただ、この弊害もいろいろなところにあるのかなと感じています。

例えば、コミュニケーションに関する授業などで、自分がどのように感じているか・考えているかを素直に伝える練習(アサーションなどに近い)をするのですが、そういうときに「考えていることをいう」というのはけっこう難しいんですね。

それはそういうコミュニケーションのスタイルになれていないというのもありますし、その前提にはきっと「言わずに察してもらうこと」をよしとしているのもあるように感じています。

ほんとうは「ちゃんと伝えて理解してもらう」ということも、とてもよいことですよね。「言わずにわかる」より下ということはありません。でもなかなかそのモードになれなかったりしますよね。

もちろんコミュニケーションにおいて、時々相手が察してくれることもありますが、もし自分がなにか感じていることがあるならば、それを素直に伝えられることも同様に素晴らしいことだと思います。

自分からの表現を避けて、なんとなくすべて察してよというのは、時にすれ違いの原因になりますよね。

「言わなくてもわかる」という体験もいいけど、「言ってわかる」ことも同様にとてもよいことであることを意識してみると、へんなすれ違いに悩まされないでよいかもしれませんね。

11/7〜20にBEAMS JAPAN(新宿)に来ませんか?:「ふるさとワーホリWEEK@BEAMS JAPAN」

立教大学経営学部とBEAMS、総務省のコラボ企画が、いよいよ11月にスタートします!

11/7〜20の間、新宿にあるBEAMS JAPANの店舗で、立教大学経営学部の学生がまとめた「地域で働くこと・生活することの魅力」に関するパネルが展示されます!

子どもから大人までどなたでも無料で参加可能ですので、ぜひお越し下さいませ!

特にこの期間中の土日である、11/10(土)、11(日)、17(土)、18(日)については、立教経営の学生に加え、ふるさとワーキングホリデーの体験者・関係地方公共団体の担当者が参加し、展示前で地域の魅力をアピールします。

詳細はこんなかんじです!

・11月10日(土)11日(日)
13時より福島県特産品 / 15時より熊本県特産品
・11月17日(土)18日(日)
13時より北海道美瑛町特産品 / 15時より岐阜県特産品

土日は特産品をお配りしたりしますし、立教経営生も店舗にいます。ぼくも土日は顔を出しますよ。

立教経営の学生は、この4つの日程でぜひ先輩の様子をぜひ見に来てください笑

■店舗にきたら4つの地域から1つを選んで投票よろしくお願いします!

ちなみに、立教経営の学生たちは以下の地域ごとに4つのチームに分かれ、いかにその地域の魅力を伝えられるかを競います!

・北海道
・福島県
・岐阜県
・熊本県

店舗のパネルをみて「これはいいな!」と思うものがあれば、ぜひその地域に「投票」をよろしくお願いします!あなたの一票で1つのチームが選ばれます!

学生たちは自分が行った地域の魅力が伝わるよう、現在も必死に準備中です。

■自分も地域で働いてみたい!という大学生は11/10、17の20:30に集合!

ちなみに、「自分もこういう地方で働く・生活する体験をしてみたい!」という大学生を対象に、「ふるさとワーキングホリデー」についての説明会を夜に実施します。

自分もこんなことやってみたい!という人は、各回先着50名(参加費無料)ですので、お早めにお申し込みくださいませ!申し込みは以下のサイトからできます!

ふるさとワーホリ合同説明会 11/10(土) 東京@BEAMS JAPAN
https://furusato-work.jp/sessionlist/fair-2725/

ふるさとワーホリ合同説明会 11/17(土) 東京@BEAMS JAPAN
https://furusato-work.jp/sessionlist/fair-2730/

合同説明会では立教生たちが地域で働く魅力についてプレゼンテーションをおこないます!それぞれの地域の方もいらっしゃいますので、直接どんなことをするかについても聞くことができます。

■まとめ

今回のプロジェクトは、今年はじめての挑戦なので、みんな手探りではあるのですが、産官学が連携して、地域を盛り上げる試みという点で、とても面白く、意義のある試みだと思っています。

ぼくも学生もBEAMSのみなさまも、8・9月に4つの地域に出向き、実際に体験をしてきました。動画をみるとちょっと雰囲気がつたわると思います。

今回は最初の一歩のプロジェクトかもしれませんが、さまざまなセクションを超えて、日本を盛り上げることに少しでも貢献できればと思いますので、ぜひみなさんBEAMS JAPAN(新宿)に遊びにきてくださいませ!

■参考リンク

『ふるさとワーキングホリデー』の魅⼒を伝えるイベント『ふるさとワーホリ WEEK @BEAMS JAPAN』を開催
https://www.beams.co.jp/news/1184/

経営学部の学生が「ふるさとワーキングホリデー」の魅力をプレゼンテーション
【11/7-20ふるさとワーホリ WEEK@BEAMS JAPAN】
https://www.rikkyo.ac.jp/news/2018/10/mknpps000000otvk.html

ふるさとワーキングホリデーの公式ページ
https://furusato-work.jp/

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「自分の強み」は人に言わなくてもいいけど、自分なりにおさえておくといいという話

「自分の強みはなんだと思いますか?」

と聞かれたらどのように反応しますか。すぐに答える人もいれば

「えー、自分に強みなんてないです。」

と答える人もいるかもしれません。

円滑なコミュニケーションという視点では、自分の強みを話すより「そんなのないですよ」といったほうがよいかもしれません。

でも少なくとも自分自身の中では「自分はこんなことが強みだな」ということは認識しておくことは大切だなと思います。

なぜなら、なにか自分の成長の目標を立てたり、組織のなかで他者に影響力を与えるというときには、強みの認識がキーになるからなんですね。

「自分の強みはこうだよ!」とひけらかす必要はないのですが、「そんなのないです」という前提に立ってしまうと、自分自身のことを理解する上でもハードルになってしまいます。「あるもの」を「ない」としてしまうようなことにもなるからです。

「強み」と呼ぶことにハードルがあるならば、「自分の特徴」だったり、「自分がこんなことは好きだなー」と思うことでかまいません。自分の「弱み」や「できないこと」ばかり目を向けるのではなく、「そこにあるもの」をしっかり捉えておくことで、適切な自己理解や目標設定につながっていくのだろうと思います。

今日は「強み」の話をしました。立教生などもみなさんよい人が多いので、授業で目標設定などについて扱うと「強みなんてないです」と話す人もよくいます。

人とのコミュニケーションにおいてはそれでもよいかもしれませんが、自分なりの目標を立てるという点では、強みを自分のなかで認識しながら、それを伸ばすという視点が大切になります。

「ないもの」を得ようとすることも大事なのですが、「あるもの」も同時にみてみるといいのかなと思っています。

頭の中にある「学びの設計図」をかたちにしてみたいという欲求に駆られる

立教授業をつくるようになって5年が経ちました。その間に、いろいろな新しい試みをやってきたわけなんですが、それらは「ポンッ」と出てきたアイデアではなく、実際にはある意味で「大きな大きな学びの設計図」というか、「この施策が、これにつながって、これをやることが、次のこれの布石になって」という、関連図やエコシステムのなかで、ひとつひとつ構築してきました。

もちろん元々その「完成図」を頭の中に明確に描いて、それに従って逆算的につくっているというほどではなく、なんとなくもっと漠然としたものではあります。

しかしだからといって、行き当たりばったりで新しいものを構築しているわけではなく、大きな広がりの中にひとつひとつのパーツを位置づけながら、実際につくることを通して、また全体のマップが更新されていくようなそんな作り方をしてきたようなかんじがしています。

例えば、

・なぜ学生スタッフを増やすのか?なぜ学生スタッフにその役割を付与するのか?
・なぜ授業のやり方をこのようにかえるのか?
・なぜこの授業にこの人を呼ぶのか?

などには、それぞれ点としての意図だけでなく、全体としての意図がすべて盛り込まれています。この一手が通ることで、次に3通りの攻めの方向性が広がるような、そんな手を指し続けてきたつもりです。

とはいえ、このあたりの私なりの構想のマップのようなものは自分の頭の中にだけあるもので、その時々に構想は話すものの、全体像を描くことはありませんでした。全体像を描くのはそもそも大変ですし、自分自身もその全体像を実は無意識的に考えているということにも気づいていなかったからともいえます。

ただ、自分のなかでそういう設計図があるなあと思った以上、それがどのようなものになるかはさておき、設計図として全体像を描いてみたいという欲求がでてきました。設計図をつくることで、他者と共有可能になり、またさらなる大きなコンセプトの作成ができるかもしれないからです。

学びの場をデザインするということは、この大きな大きな設計図を構想できるかということでもあるよなーとあらためて感じたりもします。

ぼくにとって授業やワークショップのデザインは、その構成要素の一つであり、それらはある意味で「点」であるといえます。

・どうやってアクティブラーニング型授業をするのか?
・SA制度をどう構築しているのか?

など、個々のデザインは重要なのですが、「その総体として何を描くのか?」が本当は議論したいことです。

もちろん、その「点」をデザインできなければ、大きな構想も実現できないわけですが、点を束ねて何がしたいのか?という、大きな意味でのエコシステムの構想そのものが大切になってきます。

こうしたエコシステムの構想をこれまである種、直感的にやってきたわけですが、これらをもう少し可視化していきつつ、エコシステムをつくるというのはどういうことなのかを議論していきたいなと最近考えています。

たぶんこのあたりの考えは水越伸先生の「メディア・ビオトープ―メディアの生態系をデザインする」などが発想的には近いのだろうと思います。

今日は最近考えていることをたらたらと書いてみました。

学びの設計図かいてみようと思います。

メディア・ビオトープ―メディアの生態系をデザインする
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ワークショップデザイン講座を東京藝術大学で実施しました

先日東京藝術大学で「ワークショップデザイン講座」を実施しました!この講座は、東京都美術館と東京藝術大学がおこなっている「とびらプロジェクト」の講座のひとつとしておこなっています。今年で担当して3年目となります。

参加者は50名以上、そして、学生から60代くらいの方まで幅広い年齢層の方が参加しています。こういう多様な人たちで構成される学びの場というのはとてもおもしろいですね。

この講座では「ワークショップデザイン」の基礎として、

・ワークショップとはなにか?
・背景となる考え方は?
・ワークショップの基本構造は?
・デザインのポイントとは?
・ファシリテーションのポイントとは?
・どのように広報するのか?

などについて、丸一日かけて学ぶというものです。教材としては、アクティブトランジションに掲載されている3つのワークショップを事例としながら、ワークショップの構造を参加者の方自身で理解してもらった上で、レクチャーをおこなうかんじです。

 

アクティブトランジション 働くためのウォーミングアップ
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当日はアクティブトランジション含め、いくつかのワークショップも実際に体験してもらいました。

基本的な内容は3年間共通していますが、毎回少しずつポイントを変更して実施しています。

自分にとっても、「自分がいまどういう部分のデザインに特に意識が向いているか」がわかって面白いです。

とびらプロジェクトの伊藤達矢先生とお話させていただくのも面白く、年に一度よい刺激をもらう機会となっています。

自分のなかでの「場作りのノウハウ」や「考え方」みたいなものもけっこう蓄積がなされてきたので、少し本腰をいれてこういう仕事も増やしていこうかなと考えています。

これまで書いた記事はこちらにまとまっていますのでよろしければ参考になさってください。

Teaching & Design
https://www.tate-lab.net/mt/%E6%95%99%E3%81%88%E6%96%B9%E3%83%BB%E5%A0%B4%E3%81%AE%E3%83%87%E3%82%B6%E3%82%A4%E3%83%B3

ちなみに、「とびらプロジェクト」については、取り組みの内容が書籍にまとまり、10/23に発売のようです!おめでとうございます。私も早速読んでみようと思います。

美術館と大学と市民がつくるソーシャルデザインプロジェクト
稲庭彩和子 伊藤達矢
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プロジェクト型授業をチームを組まず「1人でやってもよい」と言われたらどうしますか?

大学のプロジェクト型授業は基本的にグループワークで実施します。

ただ、もしこれを「1人でやりたい人は1人でやっていいよ」と言った場合に、どのくらいのひとが希望するのかなと最近考えたりします。

よく「グループワークをついつい1人でほとんどやってしまう」という人がいますが、これは授業で「グループでやる」という縛りがあるから起こる部分もあります。

これを取っ払ったら「最初から1人でやります!」みたいな人がでてくるのか興味深いところです。まあ実際に必修授業でこういうことはできませんが、思考実験としては面白いかなと。

そしてもう一つ興味深いのは、1人と、チームでアウトプットの質はどうなるのかなということです。1人のほうが面白いプランがでるのか、やはりチームの方がよいのかは気になるポイントかなとおもいます。

他者と協力したほうがよいということを本当に気がつくためには、ひとりの限界を知るということもありかもしれません。

まあこれで勝ってしまうということもあるかもしれませんが笑 チームとして負けたところは、チームとして最大限の成果をあげるために何が必要かを考える機会になるともいえるかもしれません。

いずれにせよ、ぼくがここで考えたいのは「授業の最初にグループが決められて、そのメンバーとプロジェクトをする」という環境設定自体についてです。

この環境設定によって得られるものもあれば、得られないものもあるはずで、このあたり考えてみると意外と面白いのかなと思っています。

例えば自分のような職業の場合には、研究などであれば、チームを組まされるより、チームはこちらから組みにいくものだったりします。なので、そういう練習もありじゃないかなと思う時もあります。

もちろん、どんなメンバーであっても、その中で最大限の成果を出すということはいずれにせ必要になるんですけどね。

ということで今日はそんなことを思考実験してみました。

あなたならどっちを選びますか?