「言わなくてもわかる」というコミュニケーションはよいことか?

わざわざ声に出さなくても伝わるというのは、なんとなくうれしいことやいいことのような気がしますよね。

「言ってないのに察してくれる」というのは、「自分が口に出してわかってもらうこと」よりも、なんとなくよいことという前提があるのかなと思います。たしかにそういうふうに感じる側面はありますよね。

ただ、この弊害もいろいろなところにあるのかなと感じています。

例えば、コミュニケーションに関する授業などで、自分がどのように感じているか・考えているかを素直に伝える練習(アサーションなどに近い)をするのですが、そういうときに「考えていることをいう」というのはけっこう難しいんですね。

それはそういうコミュニケーションのスタイルになれていないというのもありますし、その前提にはきっと「言わずに察してもらうこと」をよしとしているのもあるように感じています。

ほんとうは「ちゃんと伝えて理解してもらう」ということも、とてもよいことですよね。「言わずにわかる」より下ということはありません。でもなかなかそのモードになれなかったりしますよね。

もちろんコミュニケーションにおいて、時々相手が察してくれることもありますが、もし自分がなにか感じていることがあるならば、それを素直に伝えられることも同様に素晴らしいことだと思います。

自分からの表現を避けて、なんとなくすべて察してよというのは、時にすれ違いの原因になりますよね。

「言わなくてもわかる」という体験もいいけど、「言ってわかる」ことも同様にとてもよいことであることを意識してみると、へんなすれ違いに悩まされないでよいかもしれませんね。