「仮説を立てて、検証のサイクルをまわす」という考え方を学ぶのはいつ?

「仮説」を立てて「検証」するというのは、研究者だとそんなことばかりやっているわけですが、そういう考え方のプロセスを学ぶ機会はいつあったかなというのを最近よく考えています。

大学の授業でも「仮説・検証のサイクルをまわす」というのがキーになるのですが、こういう考え方になれていない学生も多いからです。まあ自分もそうだったんですけど。

こういう考え方そのものを訓練をする機会を授業にしっかり取り入れたいと最近考えています。

仮説検証のサイクルまわすプロセスについて、プロジェクト学習でよくありがちなシーンをもとに考えてみましょう。

例えば、授業でなにかのビジネスプランを考えるとします。「海外にいかない若者をどうやって行かすことができるか」という課題だとします。

まずその場合にやりがちなのが「安くなるキャンペーンをやればいい」というかんじで、いきなり解決策を考えてしまうというケースです。「なぜ行かないのか?」という理由(問題)を深掘りしないでいってしまうことですね。

次に「なぜ行かないのか?」という理由を考えられたとします。「お金がないからではないか?」と考えるとすると、これは「仮説」となります。

次に、その仮説が正しいかを検証していきます。「お金と旅行のデータ」などを探してみるのもいいかもしれません。そうすると、それを支持するようなデータがでてくるかもしれません。

しかし、そこで終わらせず「本当にそうか?」をもう一度考えてみます。次の仮説は「お金がないからいきたくないという若者は、安ければ本当にいくのか?」という点です。そしてまたデータを探しにいきます。

こんなサイクルをまわしていくと、問題が深掘りされて、真の問題とそれにささりそうな解決策に近づいていくことができるでしょう。問題が深掘りできていると、解決策の焦点も定まっていくので、確実に前に進んでいくことになります。

でもなかなかそうはならないのですよね。「仮説」(もしかしたらこう?)を考えて、「検証」(データを探す)というサイクルをまわすのが大事なのですが、ありがちなケースは以下のようなものです。

「Aというアイデアは?」「Bというアイデアは?」というかんじで、アイデア出しに終始してしまい、批判的なコメントをもらうたびに、アイデアをころころとかえてしまう。

もしくは最初にだした「A」というアイデアに固執して、つっこまれても直さずにそのままいってしまう。

こんなケースはよくあります。どちらのケースも「仮説を立てて、検証する」というプロセスを経ていないので、「アイデアそのもの」ばかりをみてしまうのかもしれません。

ある程度仮説検証をしていれば、仮に「A」というアイデアが没だとしても、そこから得られるものがあるので、気にならず「A’」を考えられます。

そういう思考のプロセスをうまく体験できるような仕掛けをつくれればなあと最近よく考えています。

※ちなみにこれはプランに限らず「自分のリーダーシップスタイルを発見する」というプロセスでも一緒です。「自分はこういうことで貢献できるかも?」という仮説を立てて、やってみる。その結果をみて「やっぱり微調整して、こういうことで貢献する」というふうに考えを修正していくというわけです。

こういう思考のプロセスは「経験からなにかを学ぶ・抽出する」ということそのものといえるかもしれません。

体験型の授業をさせるだけではなく、その中でこうした力そのものも学べるような機会をつくれればと思っています。今年はきっとこんなことに関する工夫をひとつ取り入れると思います。

 

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