月別アーカイブ: 2013年3月

イノベーションは優先的な課題ではない?:GE調査から考える

先日「越境リーダーシップ」というイベントに参加してきました。このイベントをすごくざっくりいうと、企業で働く個人が組織の外にでたりしながら新しい価値を生むことについて考える会です(詳細は文末にリンク貼りました)。ウィルソン・ラーニング ワールドワイド株式会社の三浦英雄さんが企画をされています。今回はゲストとして、一橋大学の米倉誠一郎先生らが登壇してくださいました。

米倉先生の本はもちろん読んだことはあったのですが、実際にお会いするのは初めてだったので楽しみでした。内容も面白かったのですが、プレゼンテーションの引き込み方なども非常に上手で、あっという間に時間が過ぎてしまいました。

■ GEの世界イノベーション調査

米倉先生のプレゼンテーションでは、GEの世界イノベーション調査の内容について紹介してくださいました。この調査によると、日本は「イノベーションをもっとも牽引する国はどこか」という質問で4位というよい結果だった一方で、実際の取り組みとしてはとても消極的であるということがわかったそうです。

具体的には、イノベーションを「あまり、あるいはまったく戦略的優先課題ではない」とした割合が他の国に比べてかなり高かった等というデータがでていました。つまり、他国からの評価は高い一方で、自分たちの取り組みとしては消極的だったり、否定的であるということがわかったということです。ちなみにイノベーションに対する大学の取り組みについても他国に比べて評価が低いという悲しい結果もでていたそうです。

こうした結果がでた理由についてはいくつかの仮説を米倉先生は提示していました。例えば、イノベーションという言葉に対するイメージの違いや、単に自信がなくてそういっているなどです。実際はどうなのかとても気になりますね。

■ イノベーションという言葉のイメージ

ぼく個人としてはイノベーションという言葉に対するイメージの違いというポイントが気になりました。経験的に思うことなのですが「イノベーション」という言葉から連想するイメージってかなり多様じゃないかなと思うんですよね。実際に色々議論していても、経営学や経済学の人が思う「イノベーション」というイメージと、教育学系の人たちが思う「イノベーション」のイメージもだいぶ違う気がしています。さらに、実務家の方とお話しさせていただいたときにも、また違った捉え方をしているなと思うことがあります。

どの捉え方が正解というわけではないと思うのですが、イノベーションという言葉をどのように使っていて、どういう側面についてそれぞれが語っているかということを自覚しないと、議論がかなりすれ違ってしまうのではないかなという印象を受けました。

実際「イノベーション」という言葉を聞いたときにどんなことを想像しますか?

かなりばらけると思うんですよねえ。

■ まとめ

ということで、今回は特に米倉先生の講演内容をベースに書きました。会自体はこの後パネルディスカッションやグループワークなどがあり、インタラクティブなセッションでした。

私自身も「越境学習」に関する調査をしたり、「越境×イノベーション」に関する研究会も実施したりしているので、今後もこういう活動をさらにやっていきたいなと思いました。

ご企画いただいた三浦さんありがとうございました。

■ 参考リンク

GEの世界イノベーション調査:世界からの期待は4位も「非常に残念な結果」と米倉誠一郎教授
http://www.sbbit.jp/article/cont1/26031

越境リーダーシップ カンファレンス
http://www.wlw.co.jp/seminar/development/index.crossborderleadership01.html

■ 関連する本

職場を越境するビジネスパーソンはどんな人なのかについて調査した結果がこちらに載っています。興味ある方はぜひご覧下さいませ。

職場学習の探究 企業人の成長を考える実証研究
中原 淳 木村 充 重田 勝介 舘野 泰一 伊勢坊 綾 脇本 健弘 吉村 春美 関根 雅泰 福山 佑樹 伊澤 莉瑛 島田 徳子
生産性出版
売り上げランキング: 182,846

「卒論への旅」2時間半で卒論を書くプロセスを体験しよう!という講座を実施しました

149150_484730668242654_1640247997_n.jpg

今年度の11月に東京学芸大学にて「卒業論文の書き方講座」を実施させていただきました(番田先生ありがとうございました)。これは学芸大でおこなっている正課課程外の学びの機会をつくる「学芸カフェテリア」という活動の一環でおこなわれたものです。約2時間半でおこないました。

写真は講座の様子を撮った動画のキャプチャになります。スタッフの方がつくってくださいました。学芸大の学生さんは見られるそうですが、映像は一般公開していないようなので、気になる方は私にいってくだされば直接お見せすることができるかと思います。

ちょうどよい機会なので、今回はこの講座がどのようなものだったかについて簡単にご紹介したいと思います。企画は学芸大の図書館スタッフの眞崎光司さんとともにおこないました。

■どんな講座だったのか

この講座は「卒論への旅-2時間半で卒論を書くプロセスを追体験-」という名前で実施しました。

「2時間半で卒論に必要なスキルを全部一方的に教えたところで、結局は忘れてしまうだろう」ということで、具体的なスキルを一方的に教えるのではなく、「いつ、どんなスキルが必要になるのか?」を知ってもらう機会にしようと考えました。

そこで今回は講座を実施する前の下準備として

・学芸大の卒業生に卒論を書いたプロセスをインタビュー
・インタビューをもとに架空の登場人物を設定
・卒論を書く上での悩みを書いた「卒論日記」をこちらで作成

ということをしました。その上で、講座当日は、

・卒論日記を読む
・その悩みを解消するためにはどうしたらいいかを考える
・補足の説明

というかんじで実施しました。つまり、ポイントは、

・卒論を書くプロセスの全体像を知る(追体験する)
・悩んでいる架空の人物に「教えること」で学ぶ

というものでした。

■やってみてどうだったか

結果はとても面白かったです。参加者のみなさんに、悩んでいる学生に対するアドバイスを考えてもらうのですがどれも的確なんですよね。そのアドバイスをまとめたら教科書がつくれてしまうくらいの精度でした。

事前にこちらでも補足の資料を用意していたのですが、大枠は学生さん自体から意見としてでてきたので、こちらは少しだけ補足をすればよいくらいでした。

この講座をやってみると、卒論を書くアドバイスを一方的にこちらで話すことってどのくらい必要なのかなということを考えさせられてしまいました。なぜなら、みなさんよく分かっているからです(笑)だとしたら、本当に必要な支援としてどんなことができるのかについて少し考えてしまいました。

■まとめ

今回の企画では、卒論の書き方について、一方的に教えたりするのではなく、追体験してもらうというかたちで実施しました。まだ卒論を書いたことのない1〜3年生にとっては具体的に卒論を書くプロセスについてイメージがひろがったのではないかなと思います。こういうストーリー型のものはけっこうやっていて面白いなと思ったので、修士バージョンもつくってみたいと思っています。

また、この卒論バージョンについてもせっかく作ったので、いろいろなところで実施できればと思っております。もしこうした講座をやってほしい!というところがありましたらお気軽にお声がけくださいませ。

お問い合わせはこちらから
http://www.tate-lab.net/mt/contact/

■関連する記事

【大学生・院生向け】文章の読み方・書き方・考え方・発表の仕方まとめ
■関連する本
新版 論文の教室―レポートから卒論まで (NHKブックス No.1194)
戸田山 和久
NHK出版
売り上げランキング: 3,970

「質問だけ」で会議をする方法を体験してみた!-はじめての質問会議-

質問会議 なぜ質問だけの会議で生産性が上がるのか?
清宮 普美代
PHP研究所
売り上げランキング: 2,775

■質問だけで構成される会議

先日「質問だけ」で会議を構成する、「質問会議」という方法を立教大学にてはじめて体験しました。この会議の方法では、話題提供者の「問題提起」に対して、「こうしたらいい」という意見を言い合うのではなくて、「よい質問」を投げかけることで、問題の本質に迫り、解決策を生むという方法です。質問会議はアクションラーニングのエッセンスを取り出したものといえると思います。

■よい質問をするのは難しい

「質問会議」自体ははじめてでしたが、以前このセッションのやり方と似た手法を経験したことがあったので、なんとなくイメージは持っていました。しかし、実際にやってみるとなかなかよい質問をするというのは難しいです。

あせってしまうとすぐに解決策を見つける質問ばかりになってしまい「なにが本当の問題なのか」というところに到達しないままに話が進んでしまいます。また、とりあえず質問をしようとすると、現状を把握することはできるのですが、把握したところで「じゃあどうするの?」というところまで到達しなくなってしまいます。

■最終的に問題提供者がどのような行動をするかをイメージすることが大事?

何回かやって気づいたことは、問題提供者の人が具体的な活動(アクション)につながることをイメージして質問するのがいいのかなということでした。まあ元々そういう手法なのかもしれませんが(笑)

最終的になにつながるために質問をしているのか、そして、いまはそのために何を聞くべきなのかということを意識して話を聞くことが大きなポイントになるのかなと思いました。やっていると意外にそれを忘れてしまうんですよね。ついつい解決策に結びつけようとしてしまったり、なんのための質問なのかというのを意外に自分で意図せずに、ぱっと聞いてしまったりするものです。

なんとなくやりながら、「あっ、いまの質問イマイチだったな・・・」「しゃべりすぎた」「いまのはまあまあよかったかな」とか思いつつやっていました(笑)

■まとめ

とりあえず簡単に感想を書いてみました。実際はやってみるとさらに色々な感想を持ちました。問題提供者としての感想、質問者としての感想、さらにそれをファシリテーションする人の役割についてなど、色々な視点から考えることができると思います。

質問縛りというのはやってみるとけっこうつらいです(笑)ついつい、それだったらこれやったらいいんじゃないの?と言いたくなってしまいます。また、ついついひとりでたくさん質問したくもなってしまいます。ひとつ質問すると、関連する質問があるので、ぽんぽんと言いたくなってしまいます。自分のコミュニケーションのくせにも気づけるかもしれません。

個人的には、対話型鑑賞法のナビゲーターに求められるスキルや、ナラティブ・セラピーの方法論と共通するものを感じました。このあたりはまたあらためて書きたいと思います。

今回はぼくにとってとても貴重な機会になりました。機会をつくってくださったみなさま、一緒に問題を考えてくださったみなさんどうもありがとうございました。質問力もっとつけられるようがんばります(笑)

■関連する記事

「わからない人は質問して下さい」という問いは本当に意味があるか?
http://www.tate-lab.net/mt/2009/11/post-143.html

■関連する本

質問会議 なぜ質問だけの会議で生産性が上がるのか?
清宮 普美代
PHP研究所
売り上げランキング: 2,775

「なにかをやめようかな」と思ったときに考えるとよさそうなポイント

桐島、部活やめるってよ (集英社文庫)
朝井 リョウ
集英社 (2012-04-20)
売り上げランキング: 367

3月という季節もありますが、最近なにかをやめたり、新しくはじめたりしようと色々考えることがあります。これは自分だけでなく、周りのひとたちの話を聞いていても感じることです。例えば、バイトをやめるといったものから、なにかの習慣をやめるというのもはいるかもしれません。

こういう話をしているうちに、結局なにかを「やめる」というときに考えるべきポイントっていうのは実はシンプルなのかなと思ったので、今回はそれをブログに書いてみることにしました。全てのケースに当てはまるかはもちろん謎ですが、なにかの参考になればと思います。

■ 自分のリソース(資源)の限界をなるべく正確に把握する

なにかをやめようと考えているということは、結局リソースの限界を超えちゃいそうだというのもひとつの要因だと思います。例えば、「お金がない」「時間がない」などといった理由です。そうした点から考えると、まずは正確に自分のリソースを把握するのがひとつのポイントになるのかなと思います。自分が自由に使えるお金や時間はどのくらいで、それをやめないとどうなるかを具体的にまず把握することが最初のポイントになるのかなと。

案外とそれを把握しないまま「やめようかどうか」を迷ってしまうことも多いような気がします。この部分が把握できないと、「本当にやめないといけないかどうか」について答えがでない状態になってしまいます。

■ リソースの拡張と配分

自分のリソースを正確に把握したら、次はなににどのくらいリソースを分配するかを考えます。結局自分ができることというのは、(1)リソースの限界をどうにか広げる、(2)リソースをどうやって分配するか、の2つしかないのかなと思います。

リソースの限界を広げるのは、例えば同じ時間でもっと稼げるバイトなどを見つけられれば、お金というリソースが増えることになり、やりたいことの幅が広がるかもしれません。寝る時間を削るというのもあるかもしれません。ただ、これは副作用が大きくて、結果的に全体のリソースは減ってしまうかもしれません(笑)

リソースの分配はまあそのままです。自分のリソースに限りがあるのであれば、なにを優先して、何を辞めるべきかというのを考えることになります。

■ 自分の優先順位を知る

リソースの分配をするときに大事になるのが「自分が何を大事にするのか」の価値観かなと思います。リソースの分配には一般的な正解はなく、「その人なりの正解」しかないのではないかなと思います。自分がなにを大事にするかを知るためには、自分の目標を書いてみたり、人と話してみたりするのがいいかもしれません。話をしてみることで、自分はこういう時間がないとダメなんだとか、やりたいことを一石二鳥でかなえられる方法等に気づいたり、教えてもらえる可能性もあるでしょう。

■ まとめ

ということで、今日はやめるプロセスについて書いてみました。まあ書いてみれば色々すでに言われていることかもしれませんね。

なにかをやめるというのは精神的に少しつらいことでもあります。「ああ、やめずにやっていればこんないいことがあったかもしれない」みたいなことも感じるでしょう。そう感じないためには、もし可能であれば「全部やればいい」かもしれませんが「やめたい」と思うということはそれは難しいのでしょう。

なにかをはじめたり、やめたりするのは決心が必要なので、こんなに合理的にスムーズにいくかはわかりません。ただ、最終的な決定するうえでの一つのヒントになるのかなと思います。

ぼくもあらためて自分の生活を点検したいと思います。

■ 関連する本

関連するかは知りませんが「やめる」つながりで(笑)まだ映画みれてないので早くみたいです。朝井さんの本は「何者」を読みましたがかなり面白かったです。

桐島、部活やめるってよ (集英社文庫)
朝井 リョウ
集英社 (2012-04-20)
売り上げランキング: 367
何者
何者

posted with amazlet at 13.03.21
朝井 リョウ
新潮社
売り上げランキング: 624

同世代の研究者同士だからこそできること:若手の研究会を実施しました

882881_468391266564482_49055842_o.jpg

■同世代でおこなった研究会

先日京都大学にて、京大、関大、東北大、東大のメンバーで研究会をおこないました。今回の研究会はだいたい年齢的に2〜3くらいしか変わらない同世代で、大学教育にかかわる研究をしているひとたちで集まりおこないました。

内容は、大学の正課課程外の教育やゼミの教育に関して、話題提供者4名が発表をし、それをもとに大学教育について議論するというかたちで進めました。約4時間の研究会でしたが、思った以上にあっという間に終わってしまいました。個々の研究方法について細かくつっこみをいれるというよりも、少しメタな視点で、これから大学教育はどうなるのか、その上でどのようなことをぼくたちが研究すべきなのかということが議論できとても楽しかったです。

■同世代の同じ領域のひとたちとテーマを絞って議論すること

私はどちらかというと色々な研究会を積極的におこなうほうだと思うのですが、それでも今回の研究会は新鮮でした。その理由は2つあります。

1つ目は、同じ領域の人たちとテーマを絞って議論できたことです。私は普段からどちらかというと学際的な研究領域にいるため、異領域の人たちと話す機会はけっこうあるんですよね。その一方で、絞ったテーマで議論していくような機会が相対的に少ないといえます。これは変な悩みなのかもしれませんけどね。なので、今回は「大学教育」という分野を絞った上で議論をできたので、それはとても新鮮かつ有意義な機会でした。

2つ目は、同世代の研究者とともに議論できたことです。実は同じくらいの年で、同じような領域で研究している人たちというのは身近にそれほど多いわけではないように思います。ぼくは普段からどちらかというと年齢が上の人と接する機会が多い気がするので、同世代の研究者とゆっくり話せたのはとても新鮮な機会でした。やはり同じような世代で、同じような状況にいるからこそ感じることもあるのかなと思い、その部分が共有できたのがとても新鮮でした。

■必要なのは多様なコミュニケーション?

こうやって書いてみると、今回ぼくは「同じ世代で、同じ領域の人と話すことが楽しかった」といっているので、ちょっと内輪っぽいかんじもするかもしれません。でも自分が普段置かれている環境から考えると、これは「普段と違うこと」であり、新鮮で自分の経験を相対化したり、不安を解消したりする機会になったのでした。

また、異なるコンテキストの人たちとコミュニケーションすることは大事である一方で、やはり少し説明すれば気持ちが伝わるコミュニティというのもとても大事なように思います。軽く話しただけで「ああ、それはわかるわ」というコミュニティはやはり心理的な安全にもつながってきます。もちろんそういうコミュニティばかりに閉じこもってしまうことはまずいかもしれませんが、うまく伝わるコミュニティがあること自体が悪いわけではないという当たり前のことを感じました。

ということで、こういう機会はあらためて継続的に実施していく必要があるなと思うのでした。今回中心的に企画をしてくださった京都大学の畑野くん、大山さん、ありがとうございました。

こういう機会をベースにしながら、インフォーマルな研究会だけでなく、学会などで少しなにかのセッションを提案したりと、少しずつフォーマルな活動につなげていければなと思っています。

■関連する本

いまけっこう話題になっているプレFDに関する本がでます。早く読んでみたいです。

あたらしいアート、もしくは飲み会の楽しみ方:「対話型鑑賞法を甘太郎で!?」という企画をやりました

IMG_0177.jpg

少し時間が経ってしまいましたが、先日「対話型鑑賞法を甘太郎で!?あたらしいアートのかたち・飲み会のかたち」というイベントを実施しました。この企画は、普通の居酒屋で、普通のコースを頼んで飲みながらアートを楽しもうよというものです。

「あたらしいアートの楽しみ方」ともいえるかもしれませんし、「あたらしい飲み会の楽しみ方」ともいえるかもしれません。

この企画では、あくまで「飲み会」がメインで、余興としてアートを楽しむひとつの方法である「対話型鑑賞法」を体験するということにしました。たとえが正しいかよくわかりませんが飲み会で山手線ゲームとかをする感覚で、飲み会で「対話型鑑賞法をする」というかんじです。

対話型鑑賞法とは「みる」「かんがえる」「はなす」「きく」という4つを基本にしながら、美術の知識だけに頼らず、みる人同士の対話を通して、作品の理解を深めていくための鑑賞方法です。当日は対話型鑑賞法のナビゲーションを平野智紀さん、三宅正樹さんがやってくれました。この企画自体も一緒に考えて実施しました。

■おしゃれ居酒屋ではなく「甘太郎」

今回の企画では、お店もおしゃれ居酒屋ではなく、大学生のときに一度はお世話になったはずの「甘太郎」さんで実施しました。当日は約20名の方が参加してくださいました。

どのような作品を鑑賞したのかについては、平野智紀さんがブログに書いてくれているので、ぼくは「なんでそもそもこんな企画をやったの?」ということについて書きたいと思います。

■ アートをひらくとは?

ぼくが今回のイベントをつくる上で意識したのは「アートに興味のない人にきてもらう」ということでした。ぼくはアートの専門家ではまったくないのですが、よくアート系のイベントを実施している人から「アートに興味のない人を呼びたいけれど難しい」といったような話をよく聞くことがあったので、そういう問題をどうにか解決できないかなと思っていました。

これはアートに限らず「○○をひらく」ということをする場合には全てに関連してくるものだと思います。なんとか多くの人に知ってもらいたいのだけど、結局好きな人がより好きになるだけだという問題をどうやったら解決できるのかという点に興味をもっていました。

■「アートイベントをカジュアルに」ではなく

そこでぼくが考えたのが「主従関係の逆転」でした。「アートイベントをカジュアルに」という方向性ではなく、「カジュアルな場所にアートをいれればいいのではないか」という発想です。

なので人に誘うときにも「飲み会があるからこない?」と誘います。そして飲み会のなかでやることがちょっと他と違うのだけどというかんじで、対話型鑑賞法の話をするのです。

場所の選定にもこだわりました。おしゃれな居酒屋でやってももちろんいいのですが、アートと遠そうな場所がいいだろうと考えました。そこで今回は、大学生のときに大変お世話になった渋谷の甘太郎さんをチョイスさせていただきました。なぜ和民ではなく甘太郎かというと、なんとなく「対話型鑑賞法を甘太郎で」という響きがいいかなと思ったからです(笑)

■邪道かもしれないけれど

当日は居酒屋のカラオケルームで対話型鑑賞をしました。最初は適当に飲んでいて、途中で対話型鑑賞をして盛り上がるというかんじです。

鑑賞する絵は印刷されたものだし、気づいたらポテトフライやメニューの下に置かれているし、間違いなくアート業界のひとには怒られるだろうなとも思いました。ただ、これをきっかけに本物を見に行きたいという人もいたりしました。

これは「ひらく」っていうことはどういうことなのかを考えさせられる場面でもありました。「○○をひらく」という言葉に悪いニュアンスはありません。しかし、ひらく場合に、どこまでどう開きたいのかということは考えるべき点であるのかなと思います。ひらくということはある意味でいえば、特権性を解放することでもあると思いますし。このあたりについては今後も考えていきたい点として残りました。

■ぼくがデザインしているのはアートイベント?それとも飲み会?

今回のポイントは「主従関係の逆転」でした。学びのイベントを飲み会やカフェといったリラックスした場所に近づけていくのではなくて、元々リラックスした場所にあわせて学びの要素を取り入れればいいのではないかと思ったんですね。言ってみれば同じことなんですが、それでも主従が逆になると全然出来上がってくるものも異なるのではないかと思っています。

そうやって考えてみると、ぼくは「アートイベント」のデザインをしているのか、「飲み会」のデザインをしているのかよくわからなくなってくるんですよね。まあ別にどっちでもいいのですが。学びの場を楽しくするのか、楽しい場が学びに溢れるのかという問いについてはあらためて色々と考えてしまいました。

ちなみに、ぼくは今後もこの発想をもとに、アート系に関するものだけではなく、他のエッセンスを取り入れた飲み会を企画していきたいと思っています。次回は即興演劇(インプロ)を取り入れた会を実施しようかなと思っています。もちろん対話型鑑賞法を取り入れたものも実施予定です。興味のある方は是非お声がけくださいませ。

研究と実践をうまく循環させるモデルをつくるためには?:研究室合宿に参加してきた

IMG_0111.jpg

3/4,5に中原研究室の春合宿がおこなわれました。中原研究室の春合宿は、研究室メンバーだけではなく、研究室にゆかりのあるメンバーたちを集めて実施します。今年は約30名の方が参加しました。

この合宿全体のデザインは私が一任されたので、今回は企画者であり、参加者としてこの合宿に参加しました。今回はまず参加者としての感想をブログに書きたいと思います。主催者側としてどのようにデザインを行ったかなどについては徐々に書いていきたいと思います。

今年は「各領域の最先端を学ぶ」「研究と実践の関係を学ぶ」ということを大きなテーマとして、5つのセッションを実施しました。各セッションは1時間30分です。

1.学習科学のフロンティア(静岡大学 益川弘如先生/コーディネーター舘野泰一)
2.経営学の現在 オープン・イノベーションをテーマに(神戸大学大学院・株式会社ビジネスリサーチラボ 伊達洋駆さん/コーディネーター舘野泰一)
3.パフォーマンス・エスノグラフィー(高尾隆先生/コーディネーター苅部将大)
4.状況的学習論のフロンティア(東京都市大学 岡部大介先生/コーディネーター保田江美) 5.よい研究とはなにか?(中原研究室/コーディネーター舘野泰一)

それぞれのセッションには、中原研究室のメンバーがコーディネーターとしてかかわり、一緒にプログラムを考えました。1時間半が丸ごと講義になることはなく、必ず体験セッションが入っています。

今回のプログラムの面白いところは、さまざまな「理論的バックグラウンド」をもった人たちがそれぞれの理論の説明と、具体的にどのようなかたちで分析をしたり、表現をするのかについて体験できた点です。これによって、それぞれの立場についてよく理解ができましたし、自分の研究スタンスについても相対化することができました。また、具体的なデータや体験をもとにセッションが組み立てられていたので「この理論体系だと、具体的にこうやって分析する」といったイメージが湧いたのも収穫でした。

おそらく今回話題提供して頂いた方がひとつの学会に集合するということはないと思います。また、仮に同じ学会で発表があったとしても、きっと「同じ時間帯のセッション」に入ってしまい、それぞれの人たちが交流する機会はあまりないのではないかと思います。

今回はそうした先生方が同じ場所にいることで、普段は見られないディスカッションも見られましたし、自分の立ち位置を理解できたということが大変大きな収穫のひとつでした。

もうひとつ今回の合宿で面白かったのは「研究とは何か」「研究者として研究や実践とどのようにかかわって生きるのか」という大きな問いについて考えられたことです。

これは伊達さんと実施したセッションの中で「研究者としてのビジネスモデルを考える」というワークをしたり、「よい研究とは何か?」を考えるセッションを実施したことがメタに捉えるきっかけになりました。そして、メタな視点をもって益川先生、高尾先生、岡部先生のセッションをみてみると、それぞれの立場による研究者の生き方、研究と実践との関わり方、問いの立て方の特徴が見えてくるというかんじがしました。

普段の研究生活では、おそらく
(1)ひとつの理論系を前提にして研究を捉える
(2)その理論系をもとにした研究方法論を学ぶ
ということが多いのかなと思います。

しかし、今回の春合宿では、もう少しメタな意味での「研究とは何か」ということを深めたり、「なぜ、その分野ではそういった方法論を使うのか」という部分について理解が深まったような気がしました。

以上の点を踏まえて、今回の合宿を通じて強く思ったのは「自分の研究のビジネスモデルのようなもの」をアップデートしなくてはいけないなという点でした。ビジネスモデルというのはマネタイズすることのみを指しているわけではありません。

・自分はどのような問いを追い続けたいのか?
・そのためにはどのような現場が必要なのか?そしてその現場をどのように見つけるのか?
・研究成果をどのように発表するのか
・研究成果をもとにどのように実践に還元するのか?
・研究を通じてどのようにその領域や後輩の育成をしていくのか?
・こうしたことをできるために必要なお金はいくらで、どうやって調達するべきなのか?

などなどを、うまく循環するようなスタイルをもっと洗練させていく必要があるなということを強く感じました。

いま現在ももちろんそれらを意識して研究をしたり、ワークショップなどの実践活動を行っています。しかし、現時点の自分のスタイルはまだまだ「粗すぎる」ということをあらためて思いました。

その「粗さ」をイメージで表現すると「ものすごくいい流れの水流があるのに、それを受けきる受け皿がものすごく小さくて、水がいっぱい落ちている」とか「全然水が流れていないところに、大きなバケツで待ち構えている」みたいなかんじですね。つまり、研究と実践の関係みたいものを水の流れに例えると、まだまだ力任せに水を流しているだけで、全然効率よく、それらが循環していないのだなということを痛感しました。

もちろんこのモデルというのは、時期によって修正していく必要がありますし、ひとつ完成したらおしまいというものではないでしょう。ただ、ぼくもそろそろ20代が終わり、独り立ちをしていかなくてはと思うと、この問いと正面から向き合う必要があるのだろうなということを強く思いました。

まだまだ考えたことがあるのですが、今回はここで切ろうと思います。次は合宿をデザインする視点から書くかもしれません。

■関連する本

EnCamp2013に参加してくださった先生方の本をたくさん紹介したいのですが、増えてしまうのでひとつずつ紹介していきたいと思います。今回は益川先生に関連する本をご紹介です。ぼくもまだ買っていなかったのでAmazonでポチりました。

デジタル社会の学びのかたち: 教育とテクノロジの再考
アラン コリンズ リチャード ハルバーソン
北大路書房
売り上げランキング: 23,341