月別アーカイブ: 2012年12月

2012年の研究・実践ふりかえり!

今日で2012年も終わりですね!毎年そうですがこの一年もあっという間でした。この時期になると、充実感よりもむしろ「この一年やることやったかなあ」と不安になることの方が正直多いですが、まあやったことをしっかり振り返っておきたいと思います。
今年やったことを大きく言うと、
・文章の書き方に関すること
・ワークショップに関すること
・越境学習に関すること
などがあげられます。その他は「共同研究」でやっていたこととかですかね。忘れていることもあると思いますがざっと箇条書きしておこうと思います!
■文章の書き方に関するもの
こちらはメインで研究をしているテーマになります。今年度はあらたな実践をして、データを集めたり、論文投稿を行ったりしました。成果になったらまたご報告できるかと思います。
この他にも以下のような講座を行いました。
・東京学芸大学の授業外講座「学芸カフェテリア」にて「レポートの書き方講座」を実施(2012/5/9)
・大学生・大学院生を対象に「先行研究の読み方・まとめ方講座」を実施(2012/6/24)
・東京学芸大学の授業外講座「学芸カフェテリア」にて「卒論の書き方に関する講座」を実施(2012/11/12)
このブログで書いていた「文章の書き方」などに関するまとめ記事をつくったのも今年ですが、たくさんのアクセスをいただくことができました。
【大学生・院生向け】文章の読み方・書き方・考え方・発表の仕方まとめ
http://matome.naver.jp/odai/2133342163910863801
■ワークショップに関するもの
ワークショップ関連では、本が2冊出版されました。
1冊目は「ワークショップと学び2」という本で、「大学教育とワークショップ」に関する章を執筆しました。

ワークショップと学び2 場づくりとしてのまなび
東京大学出版会
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2冊目は「プレイフル・ラーニング」という本で、コラムを執筆しました。

プレイフル・ラーニング
上田 信行 中原 淳
三省堂
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この他にも、
・日本生産性本部様からご依頼で、企業の人事部の方を対象に「ワークショップ・デザイン」に関する講座を実施(2012/2/10)
・日本認知科学会で、「ワークショップのデザイン」に関する話題提供(2012/12/15)
などを行いました。
■越境学習に関するもの
今年は社外の勉強会に参加するビジネスパーソンを対象にした研究についても色々やっていました。
「職場学習の探究」が出版され、その中で「社外の勉強会に参加するビジネスパーソンに関する調査研究」について報告しました。

職場学習の探究 企業人の成長を考える実証研究
中原 淳 木村 充 重田 勝介 舘野 泰一 伊勢坊 綾 脇本 健弘 吉村 春美 関根 雅泰 福山 佑樹 伊澤 莉瑛 島田 徳子
生産性出版
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これをきっかけに、
・出版記念イベントの実施(2012/3/13)
・Acacemic_hack 越境学習と新たな「キャリア」に関する研究会で話題提供(2012/5/22)
・社外で学ぶビジネスパーソンの実態「越境学習」 人材育成マネジメント研究会様の依頼(2012/8/4)
・「越境学習」×「イノベーション論」に関する研究会(2012/9/6,2012/11/1)
などを行いました。
■独自にやったイベント
この他に独自でやっていたイベントとしては、今年は
・Unlaboratory「プチ学会」(4回実施)
・ScienceGirlsTalkの実施(2012/5/12)
を行いました。それぞれについては以下の記事をご覧下さい。
【イベントレポート】幼稚園でプチ学会を実施しました!-Unlaboratory #プチ学会(6/2)
【イベントレポート】「野外フェスのような学会」を実施しました! Unlaboratory #プチ学会(三田の家)(7/28)
Unlaboratory
ScienceGirlsTalk
■共同研究
今年は2つの共同研究プロジェクトに参加していました。
1つ目は、京都大学の溝上慎一先生たちのグループとともに「大学と社会の接続」に関する調査研究プロジェクトを行いました。これは来年も継続して実施していきます。
溝上慎一,中原淳,舘野泰一,木村充(2012)仕事のパフォーマンスと能力業績に及ぼす学習・生活の影響学校から仕事へのトランジション研究に向けて.大学教育学会誌.
2つ目は、三宅なほみ先生たちのグループと共に「ロボットとキャリアカウンセリング」というちょっと変わったプロジェクトを行いました(笑)。科研のプロジェクトですね。こちらも来年も継続して実施していきます。

ざっとこんなかんじでしょうか。
今年はたまたま出版の時期が重なったこともあり、3冊の本が出版されました。機会をくださった方々に本当に感謝です。まだ単著はないですが、ひとりで本を書けるくらいまでしっかり力をつけていきたいと思っています。
全体を振り返ってみてもわかりますが、色々な縁のなかで、たくさんの方の協力をいただきながら、一つ一つの成果が生まれていったように思います。ご協力いただいたみなさんに感謝するとともに、その分また自分もパワーアップすることで恩返しができればと思います。
また来年いろいろやったことをご報告できるようにがんばっていきたいと思います。
2013年もどうぞよろしくお願いします。
それではみなさんよいお年をお迎えください。

新刊「プレイフルラーニング:ワークショップの源流と学びの未来」が発売されました!

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 先日私もコラムを執筆させていただいた「プレイフルラーニング:ワークショップの源流と学びの未来」(上田信行×中原淳)が出版されました!
 この本は日本でワークショップという言葉を普及させ、何十年も実践を行ってきた上田信行先生の歴史と共に、学習研究の歴史、そしてこれからの学びの場について書かれた本です。
 この本はこんな人におすすめです。
・ワークショップなどの学びの場に興味がある人
・学習研究の歴史を振り返ってみたい人
・学びの空間作りに興味がある人
 新しい学びの場をつくることに興味がある人におすすめできる本です。上田信行先生、中原淳先生、金井壽宏先生の対談なども収録されています。

僕が執筆したのは以下の部分です。
Column 2  「予定調和を超える場づくり」の系譜とその特徴 舘野泰一  162

4ページほどの短いコラムになります。書いているのは、
・この本に収録されている「Unconference(アンカンファレンス)」という新たな会議スタイルが生まれていく系譜の振り返り
(オープン・スペース・テクノロジー、BarCamp、FooCampという方法の紹介)
・これまでの学びの場(場1.0)、Unconference型の場(場2.0)として、それぞれの学びのスタイルの特徴を整理
という2点になります。よりオープンエンドな学びの場作りへのヒントになればと思っています。
 僕自身、今回の本の執筆に関われたことはとてもうれしく思っています。尊敬する先生方の中で、僕なりの考えを示す場をもらえたことは自分にとって大きな財産になりました。
 しかし、「書かせてもらってうれしい!」というだけでは自分の成長につながりませんし、今回の機会をいただいた事に対する恩返しにもならないと思いますので、今回コラムで書いたことなどをより発展させていって、僕たちの世代なりの場作り論みたいなものをつくっていきたいなとあらためて思いました。

 今回の本について、あらためて僕自身も読み直しましたが、学習論や場作り論に関する大事なエッセンスが非常に詰まっているなと思いました。読みやすいかたちで書かれているので、これからより専門的な本を読むための入門書としてもいいと思います。年末年始のお供にぜひどうぞ!

プレイフル・ラーニング
上田 信行 中原 淳
三省堂
売り上げランキング: 966

Amazonでは在庫がやや少ないようですが、先日池袋のジュンク堂にいったら目立つところにたくさん置いてありました!丸善&ジュンク堂のネットストアだとまだ在庫がありそうですね。
https://www.junkudo.co.jp/detail.jsp?ID=0114316806
読んだらぜひ感想いただけますと幸いです!

ワークショップ・デザインを学ぶコツは「マネすること」

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(写真は数年前に実施した勉強会からの一コマです)
 これまでワークショップ・デザインにおいて個人的に大事にしているポイントについて書いてきました。しかし、これまでの記事では「そうすればいいのはわかるけど、どうやったらそれができるようになるの?」ということについてはあまり答えられていなかったように思います。
 今回はどうやってワークショップ・デザインについて学んでいくとよいかについて書いてみたいと思います。今回の記事のポイントになるのは「マネ」です。

 この記事を書こうと思ったのは僕自身の経験からなのですが、たまたま他の人も同じくマネの重要性を指摘していて驚きました。例えば、先日認知科学会で、ワークショップを実施している、学部生の細野あゆみさん(同志社女子大学)、松浦李恵さん(東京都市大学) とお話しをしたのですが、二人とも「マネが大事」という話をしていました。面白い一致だなと思います。
 僕の中での「マネ」というのは、要は自分が面白いと思ったワークショップで取り入られている方法を、試しに自分でやってみるということです。それは別に本番のワークショップでいきなりやる必要はないんですよね。友達同士の小さな集まりでもいいので、試しにやってみるのです。そうすると色々なことが見えてきます。
 例えば、僕は修士の頃はじめて上田信行先生(同志社女子大学)のワークショップに参加したのですが「これはすごいな」と圧倒されたんですね。少しでも自分もなにかできるようになりたいと思ったときにやったのは、上田先生のワークショップに取り入られている要素をマネしてみたのです。
 具体的には、学生同士の勉強会のときに、
・ドキュメンテーション係:勉強会の写真を撮ったり、キーワードをメモする人をつくる
・お菓子係:勉強会を楽しいものにするために、おかしをもってくる
・DJ係:その会のイメージにあった音楽を流す

という係を決めて、みんなでまわして体験したりしていました。マネといっても、本物そのものをやることはできないのですが、試しに似たような経験をしてみることで見えてくることがたくさんあります。
・食べ物があるだけで場が異なる
・写真を撮るときにこういうカットがあったほうがいいんだな
・こういうキーワードをメモしておくと振り返りが盛り上がるんだな

など、たくさんの気づきがあります。それをもとに「自分なりのカスタマイズ」をどんどんしていくわけですね。

 ここでマネを考えるときには、佐伯胖先生の言うところの「結果マネ」と「原因マネ」の話を参考にするといいのかもしれません。ちょっと手元に文献があるわけではないので、雑な説明になりますが、概要はこんなかんじだと思います。
 「結果マネ」はそれそのものを完璧にコピーしようとするものです。結果がマネされていることが重要なので、創意工夫の余地がありません。一方で「原因マネ」は、結果としてのカタチがマネされている必要はなく「なぜ?」という要因の部分をマネします。よって、最終的なカタチは自分なりのものになります。
 これを踏まえて、あえてワークショップ・デザインにおける「マネ」による学びがうまくいかない例を考えてみると、おそらく2つくらいのパターンがあるんじゃないでしょうか。
 1つ目は、「単にパクっておわり」となるパターンです。これまでやられていた方法をなんとなく取り入れてみたらうまくいった。だったらこれでいいやということで、何度も繰り返して使うというパターンです。これは「結果マネ」しかしていないので、ここから新しい方法を考えることができませんし、いずれ失敗するときがくるのではないかと思います。
 2つ目は、「新しいものを追い求めるばかりにマネしない」というパターンです。いきなり新しい方法を考えつくということもあると思うのですが、やはりマネをしながら自分の型を見つけていくという方法は学ぶためにはとても重要です。それなのに「新しいものをやらなくちゃ!」とあまりに切羽詰まったり、「マネじゃなくて、オリジナルなものをつくりなさい!」と周りがいいすぎると、せっかくの成長の機会が失われてしまうのではないかと思います。
 さきほども書きましたが「マネ」というのは本番でやらなくてもいいと思うんですね。ちょっとした研究会でもいいですし、仲間内で集まったときでもいいんですよ。そのときに「エッセンスを少しだけいれて試してみる」というだけでいいのです。それだけでもだいぶ感覚がつかめてきます。
 こういう試行錯誤を大きな舞台がくる前に、日常から少しずつ試しておくのです。そうすると、なんとなく「自分なりにしっくりくる型」というのが見えてくると思います。

 ということで今回はワークショップ・デザインを学ぶコツとしての「マネ」について述べました。
マネによる学びのコツをまとめるならば、
・まずは「マネ」したくなるような方法と出会う機会をたくさんつくる(ワークショップに参加する、本を読むなど)
・実際にマネしてみる
・マネするときには完全コピーじゃなくても、要素をマネするだけでもいい
・いきなり本番で試すのではなく、小さく試してみる(失敗しても大丈夫な場所で)
・マネしてみて気づいたことを振りかえる
・マネした方法を自分なりにアレンジする(ここでこういう活動をいれたほうが自分的にやりやすい)
・アレンジした方法をまた試す

というかんじでしょうか。こういうサイクルがまわっていくと、そもそもワークショップをデザインしたり、だれかのワークショップに参加することも楽しくなってくるかもしれません。
みなさんのコツなどもあったらぜひ教えて下さいね。
ちなみにちょっと宣伝になりますが、今日紹介した上田信行先生の場作りに関する本ができました。僕もコラムを書いているので、よろしければぜひご覧下さいませ!

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■関連する記事
ワークショップ・デザインは「イベント当日」だけではない:参加前の活動デザイン
http://www.tate-lab.net/mt/2012/12/post-266.html
ワークショップ・デザインにおいて「広報」は「付け足し」か?
http://www.tate-lab.net/mt/2012/12/post-267.html
ワークショップ・デザインにおける「意図」の大切さ:方法におぼれないために
http://www.tate-lab.net/mt/2012/12/post-268.html
学びの風景をイメージできるか?:空間デザインの基礎体験ワーク
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「コミュニティ生成の土台としてのワークショップ」を考える:認知科学会で発表してきた!
http://www.tate-lab.net/mt/2012/12/post-270.html

「コミュニティ生成の土台としてのワークショップ」を考える:認知科学会で発表してきた!

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先週の土曜日に日本認知科学会の「ワークショップにおける学習」のセッションで話題提供してきました。

ワークショップにおける学習
企画 : 青山征彦(駿河台大学),岡部大介(東京都市大学)
話題提供者 : 細野あゆみ(同志社女子大学),上田信行(同志社女子大学),舘野泰一(東京大学),岡部大介(東京都市大学),松浦李恵(東京都市大学)
指定討論者 : 有元典文(横浜国立大学),佐伯胖(青山学院大学)
詳細はこちら:http://goo.gl/cEVrw

とても豪華なメンバーの中で発表させていただき緊張しましたが、自分がこれまでやってきたことをまとめる非常によい機会になりました。

私の発表内容は「コミュニティ生成の場としてのワークショップ」というタイトルで発表しました。
概要を簡単に書くと、ワークショップ・デザインを当日のプログラム・デザインとして捉えるだけでなく「多様な人たちをゆるやかなイシューで結びつけ、そのネットワークをゆるやかに継続させていくこと」のデザインとして捉えるというものでした。
実践例として先日行ったToyful Meetup 2012のデザイン例や、社会関係資本やオープンイノベーション論の話と関連づけて話をさせていただきました。
私が最近研究会などを実施して考えてきた、場作り論、越境論、イノベーション論をまとめたような発表になったのかなと思います。

色々な議論はあったのですが、印象的なコメントは、佐伯先生からいただいた「コミュニティでもなく、ネットワークでもない、なにかじゃないか」というものでした。このあたりはたしかに私自身ずっと関心をもっているものなので、さらに数年かけてじっくり考えていきたいと思いました。
有元先生には「学び(学習)という言葉を使うのが適切なのか?」という問いや「ワークショップの失敗例の話は?」という問いをいただきました。この他にも、発表を聞きにきてくださっていた白水先生はじめ、さまざまな方から面白いコメントをいただきまいた。
あっという間の80分で、終わった後はほっとした気持ちが残りつつも、みなさんからいただいた問いがずっと頭の中をぐるぐるとまわっていました。
今回の話題提供のお話をいただいたのはおそらく半年位前になるかと思うのですが、その間、ずっとこの発表のことが頭の片隅にありました。当日を迎えてしまえばあっという間だったのですが、これがあったおかげで、半年間の研究や実践をひとつの形にしようとできたのではないかと思います。
企画をしてくださった青山先生、岡部先生には本当に感謝いたします。またコメントを下さった先生方にも本当に感謝いたします。

今回の発表を通じて思ったのは、やはり私には私なりの場作りというか、学習環境を創る上でのイメージがあり、そのイメージと現在のワークショップデザインは重なるところがありつつも、ずれているところもあって、そこが自分の追求したいポイントなんだろうなということでした。
ワークショップ・デザインでもない、コミュニティ・デザインでもないなにかをもう少し本腰を入れて追求していきたいと思います。

ちなみに、場作りに関連して、私もコラムを執筆させていただいた「プレイフル・ラーニング」という本が出版されました!面白い内容になっていますので興味ある方はぜひご覧いただければと思います。私自身がどのような内容を書いたかについては、また別エントリーで書かせていただければと思います。

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ワークショップ・デザインにおいて参加者の行動をどこまで想像するか?

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 これまで何回かワークショップ・デザインについて書いてきました。そのときによく「学びの風景」という言葉を使っていたのですが、そこで強調していたのは「参加者がどう動くかを想像してみること」なんですね。
 しかしこのように書くと「どこまで想像してつくっているの?」というのが素朴な疑問としてでてくるのかなと思います。そしてそれは「どこまで作り込むのよ?」という問題と関連してくると思うんですね。今日はこの問題について考えたみたいと思います。

 まずこれまで僕が「学びの風景」といった語ってきたことは、かなり「ミニマム(最低限)」なことだと思うんですね。「ミニマム」というのは、どういうことかというと、例えばですが
・少なくともスムーズに活動が流れること
・快適であること
・目的と意図の対応がきちんとつながっていること
等のことを表しているわけです。より具体的にいえば、
・「この活動を一気にこの人数でやるのは相当時間かかっちゃわない」
・「この日にここでワークやるってことは、かなり暑くなるはずだから、もうちょっと対策しておいたほうがいいんじゃない」
・「この活動は多くの人と話すのには向いているけど、今回の目的とはあっていないんじゃない」
ということをイメージできるかなんですね。
 よって、僕が何度も繰り返し書いていることをもっとシンプルにいえば「参加者にもっとも集中してほしいことに対して、それに集中できるだけの環境をつくりましょう」ということなんです。つまり、できるだけ「本質的ではないと思われる要因によって、活動が阻害されること」をなくしましょうっていうことなんですね。その意味で、「ミニマム(最低限)」のデザインなのです。

 そういってしまうと「そんなの当たり前じゃん」ということなんですが、意外にその「当たり前」ができないものなんですよね。この「当たり前」の部分がしっかりしていればしっかりしているほど、ワークショップの成功度は高まると思います。
 しかも「当たり前の部分」がしっかりしているほど、「遊びの部分」、つまり「チャレンジする部分」も多く組み込むことができますし、デザインとして際立ってくるんですよね。堅牢な土台があるからこそ、思い切ってチャレンジすることもできます。
 それに、参加者がミニマムとしてどんなことが気になるかが見えるのであれば、それを事前に把握してワークに活かすこともできるかもしれません。例えば、「会場がものすごく暑い、寒い」というのはミニマムのデザインとしてはあまりよくないかもしれません。
 しかし、それを事前に把握しておき、ハードルになることをわかった上で、「それを活かしたデザインやワーク、コンセプト」を設定しまえば、それ自体が「遊びやスパイスの部分」になることもあります。逆手にとってしまうこともできるわけです。これがそもそもそういうことに気づかないのであれば、逆手にとることもできないわけですよね。

 ということで今回はワークショップ・デザインにおいてどのように参加者の動きを想像するかについて書いてきました。当たり前ですが、参加者の行動を「全て読み切ること」なんてできません。しかし、「少なくともこれだけは」ということを想像することはできます。
 想像するのは「最低限のところ」からでよいのです。「暑いだろう・寒いだろう」とか「荷物を持ってこの活動をするのは大変かな」とか「滞りなくできるかな」という部分をまず押さえることが、実はけっこう重要です。それがわかれば、デザインに活かすこともできるのです。
 次回はもう少し「想像の仕方」に関する部分について書いていければと思います。
■関連する記事
ワークショップ・デザインは「イベント当日」だけではない:参加前の活動デザイン
http://www.tate-lab.net/mt/2012/12/post-266.html
ワークショップ・デザインにおいて「広報」は「付け足し」か?
http://www.tate-lab.net/mt/2012/12/post-267.html
ワークショップ・デザインにおける「意図」の大切さ:方法におぼれないために
http://www.tate-lab.net/mt/2012/12/post-268.html
学びの風景をイメージできるか?:空間デザインの基礎体験ワーク
http://www.tate-lab.net/mt/2012/11/post-259.html
■関連する本
私もコラムを書かせていただいた「プレイフル・ラーニング」(上田信行・中原 淳 編著)が14日に発売されます!ぜひチェックしていただけますと幸いです!
プレイフル・ラーニング ワークショップの源流と学びの未来
http://www.sanseido-publ.co.jp/publ/gen/gen6edu/play_learn/
上記の本以外に、私が関わった場作りに関連する本はこちらです。

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ワークショップ・デザインにおける「意図」の大切さ:方法におぼれないために

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 ここ2回ほどワークショップ・デザインついて書いてきました。これまでは「ワークショップがはじまる前」について焦点を当ててきましたが、今回は「当日のデザイン」に関連することについて書きたいと思います。

 今回のポイントをヒトコトでいえば「デザインの目的を意識すること」です。ワークショップ・デザインに関する相談を受けているときによくこんな質問を受けます。
「参加者の交流を促したいのですが、どんな方法がいいですかね?」

 これはよくある問いなんじゃないでしょうか。別にこの問い自体が悪いわけではありません。こういう「ニーズ」はたしかにあるはずです。しかし、その方法を決めるためには、もう少し情報が必要です。例えば、「交流を促したい」といっても色々な方向性があります。仮に100人くらいが参加するイベントを想定してみましょう。
・100人くらいいる参加者がなるべく多くの人と接点・を持ってほしい
・少ない人数でもいいから、企画側が話してもらいたいトピックについて情報交換・してもらいたい
・だれと話せばいいというわけではなく、所属を超えた人と出会ってほしい
 ざっと考えただけでもこれだけ目的があると思うのですね。このように「交流を促したい」と思ったときに、なんらかの活動のデザインを行うわけですが、そのときに「何を意図しているのか」によってその方向性が決まってくるわけです。
 これはある意味でいえば「学びの風景」を描くことでもあると思うんですよね。参加者の人たちがどんなかんじで動いてほしいかということを想像するということになります。その想像や意図みたいなものと「ワークショップ・デザイン」をうまく対応させて考える必要があると思うんですね。

 それがともすると「交流会のときにはこういう方法がある」みたいなかたちで「方法だけ持ってきて適用する」ということにハマってしまうことがあるのではないかなと思うわけです。また、そういう場合に起こるのが「意図」と「方法」のズレだと思うんですね。具体的な例を想像してみましょう。
 「たくさんの人と話してほしいはず」(意図)だったのに、「一人の人と話すのに時間のかかるワーク」(方法)をこちらで設定してしまうと、こちらの意図はうまく伝わりませんし、参加者も混乱してしまいます。
 こうした状況にあせって、「なるべく多くの人と話してくださいね!」とマイクを使って参加者の人たちに言ったところで、「でも、これ時間かかるし・・・」ということになり、まじめにワークをしてくれる人はフラストレーションがたまり、たくさんの人と話すことを優先する人にとってはワークを放棄してしまうという状況が起こってしまいます。

 ワークショップ・デザインにおいて「方法から考えること」自体が悪いわけではないんですね。「こういう方法やったら楽しいかも!」というところから考えることはけっこうよくあります。
 ポイントは「目的・意図」と「方法」の対応を常に意識することです。「この方法が好きだからこの方法を使いたい。この方法だとこんなふうに人が動くはずだから、このタイミングで、こういう道具とともに実施したら面白いだろうな」という思考が重要になると思います。
 どんな方法にも長所と短所があります。例えば「たくさんの人と交流しやすい方法は、ひとりの人とじっくり話すことには向いていない方法」である可能性があります。すでに確立された方法をマネしてみるということは、なにかを上達する上で非常に重要なことなのですが、そのときには常に、その方法が持っている「特徴・意図」みたいなものを意識してみることが重要になるのではないでしょうか。
 ワークショップ・デザインはあくまで方法だと思います。その方法を上手に使うためにも、「デザインの意図」や「参加者がこういうふうに動くのではないか」という「学びの風景のイメージ」を持つことが大事になってくるのではないでしょうか。
■関連する記事
ワークショップ・デザインは「イベント当日」だけではない:参加前の活動デザイン
http://www.tate-lab.net/mt/2012/12/post-266.html
ワークショップ・デザインにおいて「広報」は「付け足し」か?
http://www.tate-lab.net/mt/2012/12/post-267.html
学びの風景をイメージできるか?:空間デザインの基礎体験ワーク
http://www.tate-lab.net/mt/2012/11/post-259.html
■関連する本
私が関わった場作りに関連する本はこちらです。

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ワークショップ・デザインにおいて「広報」は「付け足し」か?

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 昨日はワークショップにおける「参加前の活動デザイン」について書きました。今回はこれに関連してワークショップにおける「広報」の存在について考えてみたいと思います。
 最初に僕自身の考えを述べると、僕はワークショップにおける「広報」は、けして「付け足し」ではないと思っているんですよね。
「イベントの中身は私が考えておきます。」
「なので、集客よろしくねー!」
 っていうものももちろんあると思うんですよ。そういう場合ってどちらかというと、ワークショップというよりも研修に近い場合かなと思います。「参加者は決まっている」もしくは「参加せねばならない人がいる」というケースだと思います。そういうケースも世の中たくさんありますよね。そういう中で活動をどのようにデザインするかというのも非常に大事だと思います。

 僕が今回対象にしているのは「特に参加の義務のないもの」です。別にだれが参加してもいい代わりに、だれも振り向かなければ、参加者がゼロになりうるワークショップです。こういうワークショップも当然ありますよね。むしろ僕が「ワークショップ」という言葉を使うときには、こういう「自由参加のもの」を指す場合が多いです。僕の中では、参加が義務づけられているワークショップは「ワークショップ型研修」かなと思っていたりします。(これは勝手に僕がそう思っているだけであって、そういうコンセンサスや定義があるというわけではありません。)
 参加義務がないものについては、「広報」、まあ要は「集客」が成立しないと、ワークショップ自体が成立しないですよね。「集客がないと成立しない」ということからも、僕自身は「ワークショップのデザインプロセス」の中に、「広報」っていうのもものすごくがっつりかかわっていると思っているんですよね。「参加義務のない人を集めて」っていうところからすでに始まっていると思うんですよ。
 だから、昨日書いた「参加前の活動デザイン」というのはこの点も含んでいるんです。参加前に活動が可視化されていくことは、「こんな活動やっている人がいるんだ」という広報効果も当然あります。
 よく言われることですが「ワークショップ」みたいな体験型のものっていうのは「体験すればいいってわかるんだけどね」的なことが言われる部類のものだと思います。つまり、体験自身に魅力があっても「言葉で伝わりにくい」ということです。よって「当日のアクティビティ」がいかに魅力的でも参加者が集まらないということになるんですよね。参加前の活動デザインは、その部分が少し見えますから、その点でも広報の効果があると思っています。

 僕自身の「ワークショップ」の解釈は、「ある教育方法のひとつ」というよりも、そもそも「自主的に集まってくる」(自主性)とか「第三の場で実施される」(越境性)みたいなものを包含していると思っています。ここは人によって解釈がわかれる点であるとは思いますが。
 そのように考えると、ワークショップにおける「広報」は、「担当者やっておいて」ということではなく、デザインプロセスにおいても非常に重要な要素を持っており、もう少し重視しても良いトピックなのではないかなと思っています。

 もちろん「広報テクニック」みたいなものもあります。例えば安斎勇樹君がイベント集客に関するヒント集を書いてくれています。昔はよく安斎君と一緒にワークショップの企画をしていましたが、そのときもこういう点はけっこう意識していました。
 「参加前のデザイン」という意味では「11.広報前にイベント開催を匂わせる」とも少し関連します。イベントのイメージを持っておいてもらえると、参加しやすいですよね。
 ということで今回はワークショップデザインにおける広報について書いてみました。
■昨日書いた記事
ワークショップ・デザインは「イベント当日」だけではない:参加前の活動デザイン
http://www.tate-lab.net/mt/2012/12/post-266.html
■関連リンク
イベントの集客を成功させる12のヒント yukianzai.com
http://yukianzai.com/blog/2010/03/28/93/
■ワークショップに関連する本
この本で「大学教育とワークショップ」という章を書いています。興味がある方はぜひご覧下さい。

ワークショップと学び2 場づくりとしてのまなび
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ワークショップ・デザインは「イベント当日」だけではない:参加前の活動デザイン

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 今日はワークショップについて少し書いてみようと思います。ワークショップや場作り関連の本は最近すごく増えてきているので、何を書くの?ってかんじがするかもしれませんが、僕なりに思うことを少し書いてみようと思います。
 今日のテーマは「ワークショップの当日までをデザインすること」についてです。僕はこれまで色々なワークショップやイベントを実施してきましたが、ここ最近はこの点を意識した場作りの実験を行うことが非常に多いです。本当はワークショップの前後について書こうと思ったのですが、意外に長くなってしまったので、今回は「参加前のデザイン」に絞って書いてみようと思います。参加後については、また今度書きます。

 例えば「参加前のデザイン」としてわかりやすいものとしては、ワークショップ当日までに、ソーシャル・メディア上で自己紹介をしてもらったり、なにか簡単なお題をアップしてもらうなどがあります。とても簡単な課題ですが、これをしてもらうことで「今回の参加者はどんな人がいるのだろう」「どんな関心で申し込んでいるんだろう」という部分が可視化されます。
 これらはいわば「アイスブレイク」のような機能を持つことになります。僕はアイスブレイクには2つの効果・狙いがあるべきだと思います。
 1つ目は、企画のコンセプトをプチ体験できることです。これはワークショップの研究をしている安斎勇樹君も言っていた気がしますね。僕の場合は、アイスブレイクで「文脈と関係ない活動」をすることはあまりありません。今回のコンセプトを体験できるような小さな課題を用意します。2つ目は、参加者同士の関係をつくることです。ワークショップでは基本的に協同でやる活動が多いので、ベースになるような関係を作ってもらいます。
 こういう活動をいってみれば「当日の前に」やってもらっちゃうんですよね。オンラインの活動でもこうしたことはある程度できます。それに実施することのメリットも多いです。
 例えば、企画側のメリットとしては、参加者がどのような人なのか、どのようなニーズを持っているのかということが事前にある程度理解できるため、活動をある程度カスタマイズしておくことができます。また、当日の活動を事前にやっておけば、当日は「対面だからこそできること」に注力することができます。
 参加者側のメリットとしては、当日参加するための「準備」ができます。当日の具体的な活動のイメージがわきますし、どんな人がくるのかもわかるので安心感が高まります。

 具体的な例はいくつかあるのですが、今回はそのひとつである対話型鑑賞法のイベントの例について書いてみます。
2012/3/12(土)に「対話型鑑賞 in ワタリウム美術館」というイベントがありました。このイベントは平野智紀さんと、TOKYO ART BEATさんの共同企画のイベントでした。僕は企画者ではなく、活動のアドバイスを事前にさせていただくというかたちでかかわりました。
 そのときに提案させていただいたのは「事前に対話型鑑賞法を体験する」というものでした。対話型鑑賞法というのは、ある作品をみて感じたことを、参加者同士が対話しながら鑑賞をするというものです。それをネット上でやってもらっちゃうというものです。
 インターネット上にひとつの作品を提示して、その作品に対して感じたことをtwitterでつぶやいてもらうというものでした。これは別に参加者に限定したわけではなく、どんな人でも参加できるような形式で実施しました。
詳細についてはサイトが残っていますので、こちらをご覧下さいませ。
対話型鑑賞 in ワタリウム美術館
http://goo.gl/jsC9r
ちなみにネット上ででてきた意見については、平野君が自分のウェブにまとめていました!ネットだけでもこれだけ多様な意見がでていて、見ているだけでも面白いです。こうすることでイベントが始まる前に期待感が高まりますよね。
ミューぽん対話型鑑賞 in ワタリウム美術館 #mupon_taiwa まとめ!
http://goo.gl/a7iF3

 「ワークショップの事前のデザイン」というのは、全てのワークショップに必須なものなのかというと、そうではないでしょう。デメリットもあります。例えば、参加者がソーシャル・メディアを使っていることが前提になるということや、拘束時間も増えます。ちゃんと事前にやってくれるかも、よくデザインしていないと難しいですよね。
 しかし、上手に使えば、「対面の時間だけではできない活動」を全体として提供することができます。ワークショップの時間は限られています。その時間をもっと違う使い方にするためのヒントがここにあるのではないかと思っています。
 ということで、今回は「ワークショップの当日までのデザイン」について書いてみました。まだ書き足りないこともあるので、もう少し事前について書いたり、今度は事後のことについても書くかもしれません。
■関連する記事
やっぱり安斎君のブログにもアイスブレイクの件が書いてありましたね。
ワークショップにおける「入り口」のデザイン
対話型鑑賞法のイベントをやった平野智紀君のブログ
http://www.tomokihirano.com/
以前舘野が対話型鑑賞法について連続ツイートしたものはこちら。
http://togetter.com/li/398843
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この本で「大学教育とワークショップ」という章を書いています。興味がある方はぜひご覧下さい。

ワークショップと学び2 場づくりとしてのまなび
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「小さな問い」を「大きな問い」と接続して書くこと・語ることについて

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研究やレポートのテーマを考えるときのポイントは「問いを小さく絞ること」です。「えっ、こんなに小さくていいの?」というくらいに絞ることでようやくほどよい大きさの問いに仕上がってきます。
「問いを絞ること」が大事なのは、絞らないと「論証」するのが難しいからです。研究には「問い」「答え(主張)」「論証」が必要だと思うのですが、「答え」と「論証」をだすためにも、「ほどよい大きさの問い」を見つけることが大事になってきます。
と、ここまでのことは以前もブログに書いていたのですが、最近この説明だけでは誤解も生むかなと思ってきました。問いは「大きい」か「小さいか」という二者択一の問題と考えるものではないのかなと。
「論証できるように問いを絞ること」と同時に、その問いが「世の中における問題といかに接続するかという大きな問い」と接続して論じることが重要ですよね。

これは卒論・修論・博論においても同じことがいえると思います。投稿論文として書く場合にはコンパクトにまとめることが重要かもしれませんが、修論や博論ではもっと大きな文脈の中に位置づけて研究を語ることが大切になってきます。
ひとつのひとつの研究は小さいかもしれませんが、それが世の中のどんな文脈に位置づいているのか、自分の研究があることで世界はどのように変わるのかという、一見すると「大きな問い」と、しっかり「接続して述べること」が大事になるでしょう。なので、テーマを決めたり、書くときに「問いを小さく」ということを言うのですが、それは「大きな問い」を捨てるという意味ではないと思います。
結果的にどちらの問いも重要で、「小さい問い」と「大きな問い」と「その接続」という3つの要素をしっかり押さえて書くことが重要なのかなとあらためて思いました。
卒論や修論を書いている人にとっては、これは1章や2章をどう書くかということと密接に関連してくることなのかなと思います。3章や4章で自分がやったことが、大きな文脈においてどのような位置づけになるのか、そして、5章や6章において、結果としてどんな示唆があったのかを語ることは、その研究をよりよいものにするために重要です。

こうして考えてみると、よい研究者は、このあたりの「問いの大きさのコントロール」と「その接続」が非常に上手なのかなと思います。大きな世界観を持ちつつ、実証できるかたちで問いをつくり、そこを接続して書くというのはいうのは簡単ですが非常に難しいことだなと思います。自分自身もしっかりこういうポイントを押さえて、研究を進めていきたいです。
ということで、今回は「小さな問い」を「大きな問い」と接続して書くこと・語ることについて書いてみました。
これまで書いた「書くこと」「研究すること」に関連する記事はこちらにまとまっていますのでよろしければご覧下さい。
文章の読み方・書き方・考え方・発表の仕方まとめ
http://www.tate-lab.net/mt/report-writing.html
今日の記事はこないだ中原先生が書いていた記事とも関連が深いですね。
博士論文とは「構造を書くこと」である!? NAKAHARA-LAB.NET
http://www.nakahara-lab.net/blog/2012/11/post_1907.html
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新たな知を創出するのはどのコミュニティ?:「大学の起源」から考える

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先週末から4連続で「大学の歴史」に関するブログ記事を書いてきました。大学の歴史を考えていると、そもそも「新たな知を創出するコミュニティはいかに生まれるのか」ということに興味が湧いてきます。
そこで今回は「大学の起源」に関してあらためて少しおさらいしつつ、このテーマについて考えていきたいと思います。今回の参考文献はこちらです。


以前のブログでも少し書きましたが、大学の起源は12世紀にまでさかのぼります。大学は古代の学問の中心地であったアテネやアレクサンドリアではなく、パリボローニャで誕生しました。初期の大学には「いまの大学には必ずある当たり前のもの」がどれもないというのが驚きます。
図書館、実験室、博物館、大学自身の建物、大学の理事会、大学の新聞雑誌、演劇、運動競技などなど、これらは全部なかったのです。
また、大学の起源というのは実は創設者が明確なわけでなく、いつから始まったかはっきりわからず「自然発生した」といえるものが多いらしいです。これも面白いですよね。
「大学(ユニバーシティ)」という言葉は、もともと「グループ」とか「団体全般」を意味していただけらしいんですよね。つまり、「サークル」みたいな意味でしかなったのだと思います。
それがのちに「教師と学生のギルド」に限定され、「大学は教師と学生の組合である」ということになり、さらに、学生たちの「組合(ユニバーシティ)」、教授たちの「教師組合(カレッジ)」ができていくことになります。
いまの大学からはまったく想像できないですね。

つまり、大学の起源をたどると、おおざっぱですが
・創始者がだれかわからず自然発生的にでてきたもの
・教師と学生の集まり(ギルド)であった
・建物などを持たずに、自由に移動していた

という特徴があると思います。
この特徴だけみると、いまっぽいかんじもしますよね。歴史を振り返って現代を考えてみると、「新たな知のコミュニティ」が生成されるときに似ているようにも思えてきます。

このように「大学の起源」などを考えていくと、僕は大学に所属していますし、大学教育に関連する研究をしていますから、「大学の未来」について考えたくなります。しかし、大学の歴史を振り返ってみると、結局は「大学がどうこう」というだけではなくて、「知の生産の中心となる場所はどこなのか」という大きな問題とリンクしているんですよね。
近代(16世紀から18世紀)では、知の生産の中心が「大学以外だった」といわれています。しかし、仮に大学が「知の生産の中心」でなくなったとしても、その役割を担う機関自体は必ず存在しているわけです。となると、現代ではどこがその役割を担うのかというのは色々考えてしまいます。大学がそうなるのか、もしくは別の場所が発達してくるのでしょうか。
そして当たり前ですが「コミュニティ」をつくるのは「個人」です。新たに何か挑戦したいという人たちはどの時代にでもいるでしょう。そうした個人にとって魅力的なコミュニティはどのような場所で、どんな人たちが、どこに、どのようなかたちで集まっていくのかは個人的に興味があります。
例えば、「Cafeから時代は創られる」という飯田美樹さんの本などもありますよね。

新版 Caf´eから時代は創られる
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さて、長くなったのでここらで切ってみようと思います。今回は大学の起源から「新たな知を創出する役割を担うコミュニティ」について考えてみました。答えはもちろんありません。しかし、こうした思考実験をしておくことは、自分がどのように生きるかということを考えても重要なことだと思います。
「大学の歴史から考える」は今後もつづくかもしれません。
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近代の大学改革における2つのタイプ「ドイツ型」と「アメリカ型」
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