「そんなことで驚くの?」:「普通のこと」を話す意味

自分にとってはすごく当たり前のことでも、他人からすると意外に驚くことってたくさんあると思うのですよね。例えば、研究者が普段当たり前のようにやっている色々な事も、研究領域以外の人からすると「へー、そんなことをやっているんだ」って思うのではないでしょうか。

先日「医療業界」の方々と色々お話しする機会があったのですが、そのときもぼくからすると色々意外なことがたくさんありました。「へー、そんなことするんですね」、「なんでそういう分類なんですか?」とか、色々面白いんですよね。

でもぼくにとって意外なことでも、医療業界の人からすれば、特に驚くこともない「日常」であって、「そんなことで驚くの?」ってかんじだと思うのですよね。

そこで話される話は「すべらない話」でも「オチのある話」でも「大爆笑トーク」でもありません。「今日こんなことしたよ」っていうくらいの日常の話なんです。でも、お互いにとってそれが知らないことであれば「へー!そうなんだ!」ってことになるんですよね。いたって「普通のこと」が、ほかの人にとって「普通じゃないこと」ってなにか面白いですよね。

■創造性と「普通のこと」

以前、東京学芸大学で即興演劇(インプロ)を教えている高尾隆先生のワークショップに参加したときに、「創造的であるために必要だけど、人々が無意識に避けてしまうこと」を3つ教えてくれました。そのひとつが実は「普通のことを言う」でした。

アイデアを話すような場所で「普通のこと」を言うのはなんかはばかられますよね。でも、この「普通のこと」が意外に大事という話だった気がします。それは、ある場所で普通のことが、別の場所の人にとっては全然普通でないことがたくさんあるからだったと思います。このように「普通のこと」って実は創造のタネになるような活動なのに、意外にそういう機会ってないような気がするんですよね。

例えば「異分野で集まって何か議論しようぜ!」みたいなイベントだと、なんだか肩肘に力が入り「なにかうちの現場のすごいこと言わなくては!!」みたいになってしまうんじゃないでしょうかね。でも実は「普通のこと」を話すだけでも面白いんですよね。

■普通のことを普通に話せる場所をどうつくるのか

実はこのあたりにジレンマが潜んでいる気がします。ある現場のなかで「普通のこと」は、普通にしていたら常識なので、周りにいる人とはそもそも話すこともないし、話したら「なにそんな当たり前のこといってんのよ」ってなるわけですよね。

「普通のこと」が「へー!」ってなるためには、「普通」を共有していない人のところに行かなければなりません。しかし、「普通のことが、へー!」ってなる場所は、「普通じゃないところ」なわけですよね。

そういうところにいくと、「なにか面白いこと言わなくちゃ!」と思って、「普通じゃないこと」を言おうとしてしまうんじゃないでしょうか。そうすると、せっかく「普通のことが面白い」のに、そのチャンスを逃してしまう気がするんですよね。

こうして、「普通のこと」を「普通のことを共有していない人と話す機会」が結果的に失われてしまうんじゃないかなというわけです。困りましたね。

■「普通」って言い過ぎた

さて、今日はやたらと「普通」と言ったのでもはや「普通」という言葉が「普通」じゃなくなってきました。

別に今日のブログはオチのある話ではないのですが、「多様な人と会う場所」とか、ある場所から「越境してだれかと会う」という機会は、自分たちの「普通」を問い直す機会になるわけですよね。本来は。

実際にそうなることも多いのですが、実は意外なことに多様な人が集まって「普通のことを話せる場所」はそう多くないのではないかというのが最近感じていることです。

多様な人を集めると、とたんに「特別なこと」を話そうとしてしまい、かえってそのよさを失うこともあるのではないかと思うのですよね。本当は普通でいいのに。なので、ぼくは少しこれから「普通のことを話す場づくり」みたいなことを頭の片隅にいれておきたいなと考えています。

このブログでもどんどん普通のことを書いていけばいいのかもしれませんね。

でも言えば言うほど、「普通ってなに!?」って思いますね。なにか聞いたりして、「普通でいいよ」と言われると、一番困ったりしますしね。

「普通」のくせに、なんて深淵なる言葉なんだ。

■関連する本

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