年が明けてあれよあれよという間に日々が過ぎていき、全然ブログ更新できていませんでした!ってことで、今日はリハビリ的に更新します。
今月も論文書いたり、いろんなワークショップの実践をしているんですが、今日は実践の方について書きたいと思います。今月はいまのところ2本ワークショップを実施しました。

1つ目は物理教育に関連するイベントです。「科学をどう教えるのか」という本をベースに、ジグソーメソッドという方法を取り入れたワークショップを実施しました。
「科学をどう教えるのか2」
http://www.ried.tokai.ac.jp/ried/files/events/entryform20130113/
2つ目はアートに関連するイベントです。対話型鑑賞法という方法を事例に、研究者が社会に研究成果を発表することについて考えるワークショップを実施しました。こちらは京都大学総合博物館で実施しました。
「対話型鑑賞法」の事例から「自らの研究成果をナビゲイトすること」を探ろう!
http://www.museum.kyoto-u.ac.jp/modules/event/content0291.html
(どちらのイベントについても詳細は今度ブログに書くのでお待ち下さいませ。)

今月は「サイエンス」のイベントをやったり、「アート」に関連するイベントをやったりで分野がすごくバラバラでした。でもどんな分野であっても、その場を「良い学びの場にする」という点では共通するため、その部分をお手伝いさせていただいたかんじでしょうか。こうやって声をかけていただけるのは、教育や学習について研究をしている身としては大変うれしいことです。
これらの経験を通じて、最近あらためて「内容の専門家」ではないからこそできることとは何かについて考えています。僕は「物理教育」についても「アート」についても詳しくありません。そこでできることのひとつは「よい学びの方法についての専門家」として、方法をアドバイスする立場というのがあるでしょう。実際にそういう部分でお手伝いしているところも大いにあります。

しかし、最近実感することのもうひとつ大きな点は「その領域と関連のない人がきて、外から見える感想をフィードバックする」みたいな意味も非常に大きいのだろうなと思っています。その領域について知らないからこそ、素直に「こう見える」という部分を伝えたり、他の領域ではこういう状況ですよということを伝えることの意味みたいなかんじですね。
それは単純に「教育方法」をお手伝いしているだけではなく、そのコミュニティに普段いないからこそ見える「越境者としての視点」みたいなものが求められているような気がしています。まだこのあたりうまく言語化できていないんですけどね。

最近いろいろな分野の方から一緒にイベントをやろうという声をかけていただき本当に感謝しています。やはりせっかく声をかけていただいたからにはバリューを発揮しなくちゃと思うのですが、そのときにいつも「自分が一番価値を発揮できることはなんなんだろうか」ということを考えます。
それは「教育」や「学習」について研究したり、実践していることの意味を問うことにつながっていきます。「自分もしくは自分の学んでいる学問の専門性や価値はどこにあるのか」という問いはなかなかに重いですが、常に考える必要のある問いですよね。常に実践をしていくフットワークの軽さをもちつつも、こうした問いを抱えながらやっていきたいなと思っています。
それぞれのイベントについては、詳細をまたブログに書くので楽しみにしていてください。
ちなみに来月は、大学図書館の方と共に「未来の大学図書館をデザインする」というワークショップを実施予定です。大学図書館の職員の方限定のものとなりますが、またこちらについても告知できればと思います。
■今回の記事に関連する本
物理教育のシンポジウムはこちらの本を題材にしたものでした。

こちらの本は僕もまだじっくり読めてないのですが、読みたい本です。

みる・かんがえる・はなす。鑑賞教育へのヒント。
アメリア アレナス
淡交社
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