「講義か、グループワークか」という極端な二分法を超えて


授業を全て講義形式にするのか、グループワーク形式にするのかという議論は、議論としてはわかりやすいですが、実際の問題はそんなにきれいにいくわけではありません。

授業時間をずーっと一方的に話しまくる(聞きまくる)というのもしんどいですし、一方で授業時間を教員がほとんど話さずずーっとグループワークという形式も実際に難しいでしょう。

にもかかわらず、どうしても近年の教育方法の議論をみていると、どっちかを選ばなくてはいけないような雰囲気があるのかなと思っています。

実際いま議論すべきはなにかといえば「講義とグループワークをどのように配分し、どのような順番で配置するか?」ということなのではないかと思います。

「講義もグループワークも両方必要だ」というと、間をとって回答していないように見えますが、どっちも必要なのは前提であり、どうそれらをデザインするかの問題のように思います。

実際に、いま私が担当している大学の授業も「グループワーク」は多いですが、実際の時間の割合からすると半分ずつくらいです。演習型の授業であっても、100%グループワークというのはそれほど多いわけではないのです。

個人的には、授業を構成するパーツが多様化したということなのかなと思っています。実際、私が授業やワークショップをデザインするときにも、だいたい15〜20分でひとまとまりのパーツを順番に配置しているという感覚です。

「20分のレクチャータイムをどこに、何個配置しようかな」
「その前に15分グループワークをしてもらって、少し頭を動かしてもらおうかな」

こういうかんじで全体をデザインしていっているのです。

Aか、Bかという議論はわかりやすいですが、実際の現状と異なって議論だけ進んでいってしまうのはもったいないことだと思います。じゃあ実際それらをどう配分していくのが一番いいのかなということを議論できると楽しいなと思っています。

 

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