「知っていることをたくさん話したい!」という気持ちをぐっとこらえて授業をつくること


今期は「リーダーシップ開発」に関する授業を新規に立ち上げたため、毎週授業コンテンツを新たにつくっています。内容的には、リーダーシップ論から、教育学習理論、大学生論、モチベーション論など多岐にわたります。わたしは大学院は東京大学の学際情報学府というところにいましたが、まさに「学際的」なかんじで多岐にわたる内容を取り扱っています。

授業コンテンツ作りは楽しいのですが、一番悩むのが「コンテンツの詰め込みすぎ問題」です。関連するテーマに対して、話したいことは本当に山ほどあるわけですね笑 90分ずーっとしゃべっていてよいと言われたら、ずーっとしゃべっていられてしまうわけです。また、さきほど学際的といったのですが、本来はそれぞれのコンテンツで充分に「半期の授業」を作れてしまいます。それを短い時間で講義するというのは、なかなかに難しいなーと思っています。

まあ難しいっていうか、単に「話したい」「これもスライドに入れたい」という気持ちをおさえるとか、せっかくの素材を削るときの「ああ、もったいない」という気持ちと折りあいをつけるだけなんですけどね。正直ここは気持ちの問題です。

まあ要は知っていること、そして、学習者にとって意味あるであろうことをとにかくしゃべりたいという欲求とどう向き合うかということになります笑

ただ、結局のところ、授業ではやはり「学習者がその内容を自分なりの理解して、使えるようになるか」がポイントなわけで、そのためには「90分しゃべりまくり」はやっぱりつらいなと思うわけですよね。もちろん、だからといって「全部グループワーク」では、「自分(学習者)の思考の枠」を超えるような経験を提供できません。

なので、このへんのギリギリのせめぎ合いのバランスがどこなのかなあと最近あらためて試行錯誤しています。「講義か、グループワークか?」ではなくて、やっぱり「学習者にとってのベストのバランスと順序」はなんなのかというのが問いとして重要になってきますよね。ここはコンテンツにもよるので、正直なかなか定式化は難しいところではありますね。

現在はグループワークの時間と講義の時間が半分ずつくらいなんでしょうかね。20~30分で1つのテーマを扱うというのはハードなんですが、詳細は話せなくても「ストーリー」を理解してもらって、それをのちの個人学習(読書など)に活かしてほしいと考えています。

授業の感想をみていると、同じ授業でも「講義とワークのバランスがちょうどよい」という声をもらうこともありますが、「もっと講義を聞きたい」、「もっとワークしたい」という声も聞こえます。これはコンテンツに限らず、「学習者ひとりひとりの状況・ニーズ」という要因もかかわってくるのでなかなか難しいですね。全員にとっての「ちょうどよい」はあるかもあやしいかもしれません。でもそのあたりも含めて、授業づくりを楽しんでいます。

やはりなにはともあれ、授業の意味は「学習者の学び」なわけで、その学びの状態をどういうふうにイメージし、その状態になるためにどのような方法がベストなのかについて考えるところが、授業作りの醍醐味ではありますね。

とはいえ、やっぱりどこか「しゃべりたい」という気持ちはどこかあるよねーということをなんとなくあらためて感じる今日この頃です笑