新入生を迎え入れるイベントをつくるのは先輩たち?:ウェルカムキャンプの準備中

今週末に立教大学経営学部の新入生約400名を迎え入れるウェルカムキャンプが実施されます。ウェルカムキャンプは一泊二日のイベントで、「教員の講演」だけでなく、「産学連携のプロジェクト体験」や「リーダーシップについて考えるワーク」など、経営学部の学びの要素がぎっしり詰まっています。

私はこのイベントのプログラム内容について、教員の担当者としてついているのですが、実際のイベントの運営や企画などの多くは、2年生と3年生の学生たちによって作られています。メンバー的にはだいたい50人くらいでしょうか。学生たちは1月くらいから春休みの時間をつかってイベントを作り上げてきました。

いよいよ本番が土曜日に行われるので、今週は全体の流れや人の動きを確認する最後のリハーサルをしました。こちらはリハの様子です。(本番のネタバレがないように、あえて見づらい写真を使っています)。司会のように前で活躍する仕事から、荷物や人がうまく流れるようにする裏方の仕事まで、さまざまな役割を担います。

IMG_9381 (2)

400人規模のイベントとなると印刷をして、荷物をいれるだけでもかなり大忙しです。荷物を印刷して、封筒につめて、抜け漏れのないように、最後の確認をおこなっていきます。疲れのピークのはずですが、どことなく楽しそうではあります笑

IMG_9402

IMG_9396

入学時に行うこういった宿泊型のイベントは、準備自体はとても大変ですが、うまくデザインすれば非常に大きな効果を持つと思います。

作り手にとっては、大きなイベントを後輩たちのために作り上げることによる学びの効果がありますし、受け手にとっては「これから大学でどのようなことを学ぶのか?」についての「基礎となる考え方や大学や学部の風土」を理解することができます。さらに、知識だけでなく、多くの友人(先輩含む)とのつながりも得ることができます。

ウェルカムキャンプは私が立教大学に来る前から実施されていたイベントですが、現在の経営学部のカルチャー(組織文化)を作る上で、非常に重要な役割を担っているように思います。

今週末の本番に向けて、学生も教職員も最後の準備をしています。昨年のイベントをさらに越えられるような会にできればと思っています。

【関連文献】

ウェルカムキャンプがどのようにして導入されたかについては、こちらの書籍に載っています。

大学教育アントレプレナーシップ―新時代のリーダーシップの涵養
日向野幹也
ナカニシヤ出版
売り上げランキング: 417,007

 

グループワークを効果的にするための「個人時間の確保」の重要性

昨日は「講義」と「グループワーク」の関係について書きました。講義とグループワークのどっちかにするというのが極端だという話です。

今日書きたいのは、「個人作業」と「グループワーク」の関係についてです。

言いたいポイントはひとつで「グループワーク」は大事だけども、その時間をもっとも有効に使うためには「個人作業」が大切ということです。これも「個人かグループか」という二分法に陥らないことが大事ということですね。

他者となにかのやりとりをすることで、新たな発見をしたり、理解が深まるというのは当然あります。よって、「全部ひとり」に比べれば、グループワークの時間を取り入れることは大切です。

しかし、個人で何かを思考する時間をゼロにしたらなにが起こるでしょうか?きっと話をしているだけで作業は進まないでしょう。個人でしっかり考えて思考を深めているからこそ、人と話す時間が有効に働くという側面は大きいと思います。

こうした視点から、最近では、立教大学の授業でも、授業時間外でグループワークをする際に「グループで集まる前に、しっかり個人作業の時間を取ること」と伝えるようにしています。何も調べずに集まっても、なかなか先に進まないからです。

昨日の議論を踏まえて、いま教育のなかで求められているデザインをシンプルに整理してみると、以下の3つを上手に配分することともいえると思います。

1.講義(知識を伝える)
2,グループワーク(他者とともに語る)
3.個人作業(ひとりで思考を深める)

1か、2か、3か、ではなく、これらの効果的な組み合わせを議論できるといいなと思っています。

思考を深める上での「ひとりの時間の重要性」や「内向性の持つ力」については、TEDのこのプレゼンテーションが参考になります。

「グループワークとかは外向的な人だけにしか向いていないんじゃないの?」とか「内向的な人はどうするの?」という疑問を持っている人にとって、この動画はいろいろな示唆があります。書籍もあわせておすすめです。

 

内向型人間の時代 社会を変える静かな人の力
スーザン・ケイン
講談社
売り上げランキング: 6,949

 

「講義か、グループワークか」という極端な二分法を超えて

授業を全て講義形式にするのか、グループワーク形式にするのかという議論は、議論としてはわかりやすいですが、実際の問題はそんなにきれいにいくわけではありません。

授業時間をずーっと一方的に話しまくる(聞きまくる)というのもしんどいですし、一方で授業時間を教員がほとんど話さずずーっとグループワークという形式も実際に難しいでしょう。

にもかかわらず、どうしても近年の教育方法の議論をみていると、どっちかを選ばなくてはいけないような雰囲気があるのかなと思っています。

実際いま議論すべきはなにかといえば「講義とグループワークをどのように配分し、どのような順番で配置するか?」ということなのではないかと思います。

「講義もグループワークも両方必要だ」というと、間をとって回答していないように見えますが、どっちも必要なのは前提であり、どうそれらをデザインするかの問題のように思います。

実際に、いま私が担当している大学の授業も「グループワーク」は多いですが、実際の時間の割合からすると半分ずつくらいです。演習型の授業であっても、100%グループワークというのはそれほど多いわけではないのです。

個人的には、授業を構成するパーツが多様化したということなのかなと思っています。実際、私が授業やワークショップをデザインするときにも、だいたい15〜20分でひとまとまりのパーツを順番に配置しているという感覚です。

「20分のレクチャータイムをどこに、何個配置しようかな」
「その前に15分グループワークをしてもらって、少し頭を動かしてもらおうかな」

こういうかんじで全体をデザインしていっているのです。

Aか、Bかという議論はわかりやすいですが、実際の現状と異なって議論だけ進んでいってしまうのはもったいないことだと思います。じゃあ実際それらをどう配分していくのが一番いいのかなということを議論できると楽しいなと思っています。

 

授業デザインの最前線〈2〉理論と実践を創造する知のプロセス
高垣 マユミ
北大路書房
売り上げランキング: 218,578

 

あなたは自分自身がどんなときに「やる気」がでるかを知っていますか?

「やる気」というと、なんだか自分でコントロールできないようなもののように思うかもしれません。しかし、やる気を上手に取り扱う方法はいろいろとあったりします。

その一つの方法が「自分はどんなときにやる気がでるのか」という「自分自身の方針」のようなものを持つことが挙げられます。

「こんなときに自分はやる気がでる!」という持論を持っていると、上手に自分のやる気をコントロールできるというかんじです。

具体的な話は、金井先生のこの本などに紹介されています。

 

やる気!攻略本

やる気!攻略本

posted with amazlet at 16.03.22
金井 壽宏
ミシマ社
売り上げランキング: 305,828

 

この本では、具体的な方法論だけでなく、もととなった研究知見もわかりやすく書かれています。

ぼく個人が面白いと思った部分として、ダグラス・マクレガーさんの研究知見について書かれた部分があります。その部分を引用すると以下のようになります。

「管理にたずさわる人は、意識している度合いこそちがえど、「やる気」がどのように高低するかについての、自分の方針を持っているものである。

管理にたずさわる人が、どのような「自分の方針」を持つかによって、職場の構成員たちのはたらきかたや、職場のありかたが、変化していくものである。(p.32)

これは面白いですよね。この部分から「自分のモチベーションのコントロール」ということだけでなく、「周りの環境に与える影響」としても、やる気の方針が重要であることがわかります。自分だけでなく、周りにも影響を与えるのですね。

こうした視点はリーダーシップの視点からも重要になるなと思ったので、今年は大学の中でも「やる気の持論」に関するようなワークを色々なところで取り入れてみようと思っています。具体的には、まず経営学部の1年生を対象にしたウェルカムキャンプの中でやってみようと計画中です。

大学のスタートのタイミングで、自分のやる気の方針を理解しておくことは、大学生活を過ごす上でもよいでしょう。また、グループワークなどをやっていく上でも重要なのかなと思います。

現在学生とともにワークショップの活動案をコツコツと作成しています。

「あなたは自分自身がどんなときにやる気がでるか知っていますか?」

と聞かれると、ついつい自分のこともいろいろ考えますよね。ぼくもこの機会にあらためて考えてみようかなと思っています。

働くみんなのモティベーション論 (NTT出版ライブラリーレゾナント)
金井 壽宏
NTT出版
売り上げランキング: 60,723

高校に「学問」を、大学に「教育」を:高校の先生が学び続けられる環境をつくること

先日、京都大学で行われた「大学教育研究フォーラム」に参加してきました。今年のシンポジウムのテーマは「高大連携」です。高校と大学がどう連携していくのかは今後さらに重要になっていくと思います。

今回シンポジウムが面白かったので、取り上げたいことはたくさんあるのですが、今回はその中のひとつとして『高校に「学問」を、大学に「教育」を』という話について書いてみたいと思います。

これはぼくのオリジナルな言葉ではなく、シンポジウムで登壇されていた川妻篤史先生(桐蔭学園)が発表で話されていた言葉です。

この言葉が表すことをぼくなりに一言でいえば「高校の先生が学び続けられる環境を」ということだと思います。

高校の中でもアクティブラーニングが導入され、インタラクティブかつ探究的な学びの機会が増えてきました。こうした学びの機会では「教員は答えの知っている人」としてふるまうことはできず、ある意味で「ひとりの学び手」でもあります。

「これについてどう思う?」と学生に尋ねるだけでなく「じゃあ先生はどう考えたんですか?」と言われる可能性もおおいにありますよね。教員自身も常に頭をフル回転で授業にのぞむ必要があるというわけです。

川妻先生はそうした環境を楽しんでおられるようだったのですが、それと同時に「自分自身がインプット(成長)」できる機会が必要だと感じられているのかなと思いました。

これは私自身も共感する部分があります。アウトプットの機会は非常に重要ですが、アウトプットだけしていると、どんどんとスカスカになっていきます。探究を続けていくためには、アウトプットと同時に、それと同じかそれ以上のインプットが必要になっていくわけです。

川妻先生のお話が面白かったのは、高校の先生が学び続けられる環境をつくるうえで、大学がなにか支援できる可能性を示唆されていた点です。これはひとつの高大連携のかたちなのかなと思いました。

今日は高大連携の話について書きました。

最近、私自身についても、以前に比べて高校の先生方と会う機会が増えてきました。アクティブラーニングの導入など、新たな改革が必要になり大変な部分も増えていると思うのですが、これを機会に高校教育をさらにパワーアップさせようと意欲的な先生方も多く、なにか少しでも協力できるといいなと思っています。

そのためには、まず高校の先生と、大学の教職員、さらには企業の人たちで、ざっくばらんと話をしたりするような場所も必要なのかなと思っています。今年はなにかそんな機会もつくれるといいなと思っていますので、企画したらまたブログに書きたいと思っています。

 

アクティブラーニングと教授学習パラダイムの転換
溝上 慎一
東信堂
売り上げランキング: 17,417

 

Snapchat(スナチャ)はじめてみました

写真共有SNSのスナチャをはじめてみました。前から知ってはいたものの、やる機会ないなーと思っていたのですが、学部生に教えてもらいました。こういうのは若者に聞くのが一番ですね笑

スナチャの特徴はなんといっても「送信した写真や動画が数秒で消えてしまう」というところでしょう。なんでもかんでも残ってしまうテクノロジーの世界にあって「保存されない」という価値観は面白いです。

昔はそもそもその場その場を記録することが難しかったはずですが、そこから記録が簡単な時代になって、なんでも残るようになったところで、あえて「残さない」という方向にきたのでしょうかね。

ネットの中でも、テキストをがっつり書くようなサイトから、twitterの「つぶやき」のように「なるべく手軽に投稿できる」という方向に向かったと思うのですが、ネットの場合は「どれだけ気軽でも、あとに残る」というところがネックですよね。

その点「残さないけど、その瞬間は共有したい」という気持ちをうまくかたちにしたようなツールなのかなと思います。まあスクリーンショットは撮れてしまうんですが、「スクリーンショットが撮られた」ということが通知されるというのも面白いです。

ということでいろいろ書いてみましたが、まだはじめて二日です。こんな記事もありますが、理解できることを祈りたいと思います笑

Snapchatの魅力、オジサンに理解できるか30代以上には理解不能?
http://toyokeizai.net/articles/-/87167

ちなみにこんな記事もありました。やっぱり保存するんですね。

「Snapchat」などの消えるメッセージ、7割がスクショで保存
http://www.itmedia.co.jp/mobile/articles/1603/16/news122.html

旅先ランニングはじめてみました

2016年は旅先でランニングすることをひとつの目標としています。朝早く起きて、最初の予定の前に軽く走るかんじですね。元々は先輩がそれをやっているという話を聞いて、自分もやってみたいと思ってはじめてみました。

旅先の知らない街を走るのは非常に新鮮ですし、気持ちよい一日のスタートが切れます。今年はとりあえず2回走ることに成功しました。4回試みて、2回成功なので、いまのところ打率5割です。

IMG_9220

(先日京都も早起きして鴨川周辺を軽く走ってみました)

旅先ランニングはめちゃくちゃ気持ちいいのですが、これを実現するためにはいろいろハードルがあるんですよね。

まず荷物が増えます。なるべくかさばらないようなものを入れますが、ランニングシューズ分のスペースは必ず必要になります。重い荷物持って行くのやだなーという気持ちとまず戦う必要があります。

次に、旅先なのにいつもより早起きする必要があります。旅先といえば、おいしいごはんとお酒が楽しみではありますが、前日飲み過ぎたり、遅くまで起きていると終わりです。

「なんとなく夜セーブしちゃったな」という気持ちになるのももったいないので、夜も楽しかったし、明日も朝からがんばろうという気持ちで終わる必要があるのでその案配が難しいです。

これらのハードルを乗り越えて、最後に気をつけるべきはランニングでがんばりすぎないことです笑

朝一で走りすぎると、その後の予定に支障がでる可能性があります。はじめての場所は新鮮さと緊張感で、思った以上に長い距離を走ってしまいがちな気がします。少し短いかなというコース設定をしておくことが大事そうです。

以上、旅先を走る楽しさとハードルについて書いてみました。

旅先を走ると、ランニングアプリにいろんな場所が記録されていくのでそれもとても楽しいです。どこまでやれるかは未知数ですが、少なくとも今年はあと3回くらいはやりたいなーと思っています。

人と協力してうまくいった経験はありますか?

最近アクティブラーニング型の授業のやり方だったり、リーダーシップを育成するための授業のやり方だったりを話す機会が多いのですが、そのときにふと思うのは「そもそも人と一緒に協力してうまくいった原体験はみんな持っているのだろうか」という点なんですよね。

これは特に「授業をする側」の人に聞いてみたい質問です。というのも「コラボレーションが大事だ」とか「他者と協力するような授業方法をとってください」という話はいろいろあれど、自分が本当にそう思えていたり、そういう経験をしたことがあるのかはけっこう重要なのではないかと思うんですね。

実は「ひとりでやったほうがよくない?」「他人と一緒にやって本当にうまくいくのか?」「人にいろいろ言われずに、ひとりでやるほうがよい」という思いがどこかにあるんじゃないかなとも思っています。そうした段階で、手法だけやれといわれても、なかなか入ってこないのかなとも思います。

もちろんうまくいった経験があったとしても、それと教えるのは別という考え方はもちろんあるとは思います。

手法の解説ももちろん必要なのですが、そういった「そもそもの原体験」について話すような場があってもいいのかなと最近よく考えています。

みなさんには人と一緒に協力してうまくいった原体験はありますか?

ひとりでは生きられないのも芸のうち (文春文庫)
内田 樹
文藝春秋
売り上げランキング: 154,997

人生の「転機」はジタバタして乗り越える?:行動しながら意味を見いだすこと

「転機」というのは突然やってくるものです。いままでの日常の延長を過ごしていたと思ったら、突然大きな変更をせまられるということはだれしも経験しているかもしれません。その転機は人をどのように成長させるのでしょうか。

そんなことを思ったのは、先日、久しぶりに京都大学の溝上慎一先生が書かれている「大学生の自己と生き方-大学生固有の意味世界に迫る大学生心理学.(ナカニシヤ出版)」を読み直したからです。

その本の中で「大学生の自己形成における転機の役割」という章があるのですが、その章が興味深いのは溝上先生自身の「転機」のエピソードが書かれている点です。以下少し長いですが引用させていただきます。

 筆者自身にも転機があった。心理学の研究者を目指して大学院で学んでいたが、修士論文の出来が悪く、博士課程の進学ができなかったのである。進学ができなかったショックももちろん大きかったが、それよりも、研究をやっていく意味が見いだせなかったのが大きかった。心理学の研究をすることが、自分にとって、社会にとって何か意味があるのかという疑問への答えが見つからなかったのである。研究をあきらめ教員採用試験を受けたが、これも不合格であった。自分には何の価値もないかと思ったこともあった。しかし、たまたま定時制高校の講師の職があり、何とか博士課程へも進学し、大学院と平行してそこで教えはじめたことが筆者の転機になった。(p.141)

ぼくがこれを読んだときには、たまたまぼく自身も非常に似たような状況でした。溝上先生と同じというとおこがましいかんじですが、ぼく自身も研究がうまくいかずに博士課程への進学ができなかったのです。自分が同じような境遇のときに、たまたまこの書籍のこの文章に出会うというのは面白いものですね。

ぼくのケースにおいても、もちろん研究そのもののクオリティ(知識やスキルなど含む)が足りていないということもあったのですが、それ以上に一番苦しかったのは「自分が研究をすることで社会に何を貢献できるのか?」という意味を見失っていたことでした。

研究は意味があるはずだと思ってこの道に進んだものの、いろんなことをやればやるほど「本当にそうなのか」ということについて、自分自身で納得できる意味を作り出せずにいました。ここでの「意味」というのは、「自分にとっての意味」なので、一般的に「研究が実践に役立つか?」という「意味」とは異なります。「自分にとっての意味」というのは、苦しくても「自分なりに作り出す」ということがないと前に進めないのだと思います。

ぼくがその意味を見いだすきっかけになったのは、溝上先生同様「実践にかかわること」でした。ぼくが「ワークショップ」という手法に興味を持ち、自ら実践をしはじめたのはそうした背景があります。もちろん、そのときには「実践をすることで意味がわかる」と思ってやっていたわけではありませんが、なんとなくそうするしかなかったんでしょうね。

「実践をする」というのは、別の見方をすると「研究の時間を減らす」ということでもあります。研究がうまくいっていないのに「研究を減らして実践をする時間を増やす」というのは、いまあらためて考えてみると笑ってしまうようなものです笑 ただ、そのときのぼくにとっては、もうそれをやるしかないという腹をくくったのだろうなと思います。これでだめなら研究者はあきらめようとも思っていました。

そんなこんなで自分自身が実践をやりはじめていくうちに、少しずつですが「研究と実践」のつながりを実感できるようになり、さらにさまざまな人たちとの出会いにもつながり、なんとかいまの職までたどりつけたというかんじです。あのときを支えてもらった方々には本当に頭があがりません。

最近では溝上先生と共同研究もさせていただいたりするのですが、当時はそんなことになるとは想像できませんでした。いまのように実践と研究をやっていくスタイルは、自分がこの仕事をやり続ける上で、自分にとっても必要なものだったのかなと今は思います。

今日はちょっと自分語りみたいなブログになりました。こうして考えてみると「転機」というのは突然訪れるようでいて、自分のなかでもやもやとしていたものが形になって表れる瞬間が「転機」なのであって、実際は常に起こっていることでもあるということなのですね。

そして「転機が人を変える」というのも、これまた一瞬の出来事で「しゃきーん」というかんじで人が変わることをイメージしますが、そんなことはなく、「もうどうしようもない必要に迫られて、自信はないけどなんとか動いているうちに、少し光が見える」といった泥臭いものであるのかもしれません。

転機を過ごす上で重要なポイントは「自分なりの意味」ということだと思うのですが、この意味というのも、ひとりでじーっと部屋で考えていても思いつくものではないのですよね。良い意味でジタバタする(とりあえずアクション、人に聞く)をすることが、よい素材がじわじわとたまっていき、ようやく花開くときがくるのかもしれません。

ジタバタするのはスマートではないような気がしますが、たぶんみんな実際はジタバタしているんじゃないかと思います。いろいろ悩みはあるけど「動きながら考える」ということがやはり大事なのかなと、自分の転機をもとに考えてみたのでした。

【関連する書籍】

大学生の自己と生き方―大学生固有の意味世界に迫る大学生心理学
ナカニシヤ出版
売り上げランキング: 964,668

 

現代大学生論 ~ユニバーシティ・ブルーの風に揺れる (NHKブックス)
溝上 慎一
NHK出版
売り上げランキング: 286,137

 

活躍する組織人の探究: 大学から企業へのトランジション
東京大学出版会
売り上げランキング: 240,448

 

ワークショップと学び2 場づくりとしてのまなび
東京大学出版会
売り上げランキング: 135,215

その新しい方法を取り入れることは本当に「価値」があるのか?

「何か新しい方法を取り入れる」ということは、一見とてもよいことです。ただし、それが「取り入れること」が目的化しているケースというのは案外と多いのではないでしょうか。

「新しいからやってみたい」というのはまだポジティブですが、「やれと言われたから取り入れないといけない」、「とりあえずやることは可能だからやる」という発想で取り入れられていると、それはなかなかうまくいかなそうだと感じます。

今回この話を書こうと思ったのは「入門 組織開発(中村和彦)」の書籍を読んだからです。

この中に神戸大学の金井壽宏先生のエピソードがでてきます。

それは「ドゥアラブル(doable)」と「デリバラブル(deliverable)」という2つの違いに関する話です。

「ドゥアラブル(doable)」とは「何ができるか(行動内容)」のことを指します。一方「デリバラブル(deliverable)」とは「何をもたらすか(提供価値)」のことをさします。

私たちは「何をしているのか(doable)」を意識してしまいがちですが、実際にはそれが「相手に対してどんな価値を提供しているか、役に立っているか(deliverable)」という視点に立って考えてみることが重要であることが述べられていました。

この考え方は、なにか新しい方法を取り入れようというときにも応用できるのかなと思います。

「これできそう」「これやれる」という発想ではなく、「だれに対して、どのような価値を提供できるのか」ということを考えてみるということですね。

私たちはついつい「いまなにができるか」を考えてしまいますが、そんなときにこそ、

「ところで、そもそもこの方法を取り入れようとするのは、だれにどうなってほしいと感じているからだろう?」

と問いかけられることが大事なのかもしれませんね。

【関連する記事】

「提供価値を考える」というのは、言い換えれば「目的をおさえる」ということかもしれませんね。過去に書いた関連する記事を貼っておきます。

「目的を押さえる」というアタリマエのことを意識しつづけるためには?
http://www.tate-lab.net/mt/2016/01/1501.html

チームにとってなぜ目的が大事なのか?:「チームの力(西條剛央)」を読んだ
http://www.tate-lab.net/mt/2015/08/1458.html

【関連する書籍】

今回紹介したこの書籍はとても面白かったです。組織開発に関することについても今度ブログを書いてみたいと思います。

入門 組織開発 活き活きと働ける職場をつくる (光文社新書)
中村 和彦
光文社 (2015-05-19)
売り上げランキング: 5,629