月別アーカイブ: 2014年8月

「何が原因か?」ではなく「何をしたいのか?」という発想で考える:「嫌われる勇気」を読んだ

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最近話題の「嫌われる勇気」を読みました。アドラー心理学に関する本ですね。本の概要は冒頭にまとめられている通りです。

本書は、フロイト、ユングと並び「心理学の三大巨頭」と称される、アルフレッド・アドラーの思想(アドラー心理学)を、「青年と哲人の対話編」という物語形式を用いてまとめた一冊です。

アドラー心理学については以前少し読んだことがあったのですが、本書は対話形式で書かれていることもあり、ポイントがより平易にまとめられている気がします。

アドラー心理学のエッセンスを非常に簡潔にまとめてしまえば、何かの出来事があったときに「何が原因なのか?(過去に起きたこと)」ではなく「何が目的なのか?(現在)」ということを考えるという点です。

具体的にいうと、例えば「ひきこもり状態の人」がいた場合に、普通に考えると「不安だから、外にでられない」と考えるかもしれません。しかし、アドラー心理学の場合には「外に出たくないから、不安という感情をつくりだしている」と考えるのです。

つまり、アドラーは「どんな経験があったのか」によって、その後の行動が決まってしまうのではなく、「その経験にどのような意味づけをするのか」によってその後の行動を決定するのだということを述べているといえます。

これはある意味でいえば救いです。「自分はこんな環境だから、こうなのだ」というのではなく、「自分がどう意味づけするのか」がポイントになるわけです。こうしたポイントが凝縮された言葉が以下になります。

「大切なのはなにが与えられているかではなく、与えられたものをどう使うかである」

アドラー心理学では、こうした考え方をベースに、他者との関係についても述べていきます。タイトルにもある「嫌われる勇気」に関連する部分は特に第三章くらいから厚く記述されています。だいぶブログが長くなってきたのでポイントだと引用すると、以下のような一節があります。

他者の評価を気にかけず、他者から嫌われることを恐れず、承認されないかもしれないというコストを支払わないかぎり、自分の生き方を貫くことはできない。つまり、自由になれないのです。

アドラーの考え方は「自分が困った状況である」ときに、「勇気をもつこと」がキーになります。自分を縛っている過去の原因ではなく、「いまの目的」を見直して、そのために勇気を持って行動することで先に進もうという考え方なのかなと思います。

読んだ後は、たしかになあというかんじで、自分が結局なにかを言い訳にして行動していないことって色々あるなとあらためて思いました。さらにいえば、本書のサブタイトルにある「自己啓発の源流」というキーワードがかなりしっくりきました。

一方で、こうした考えはともすると、なにかの原因が個人の考え方のせいに帰属しすぎる怖さもあるのかなと思いました。どんな考え方でもそうかもしれませんが、発想を外側から押しつけようとすると元々のよいアイデアの意味が変わってしまうのかなとも思います。

非常に読みやすい本でもあるので、以前から気になっているという人は一度読んでみるといいのではないかと思います。

■追記

今月頭にブログを新しくしたこともあり、今月はコンスタントに記事を更新しました。8月の記事はこちらから読めますので、よろしければご覧下さいませ。

8月に更新した記事一覧
http://www.tate-lab.net/mt/2014/08

 

iPad miniで読書体験:Kindleアプリで本を読むのも悪くない?

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最近書籍をiPad miniで読むようになりました。きっかけは、急ぎで確認したい書籍があり、本で買うよりもkindleの方が早かったからです。

読み始めてみるとわりとこれでもよいかなというかんじがしています。kindle版の方が普通の書籍よりも多少安かったりしますし、iPadだけ持ち歩いていれば何冊も読めるので助かります。

また、ぼくはけっこう漫画を読むのも好きなのですが、漫画も何冊も読もうと思うと持ち運びがしんどいんですよね。でもデータが買っておけば、漫画もまじめな本も一緒に持ち歩けるので、結果的にかばんが軽くなるかなというかんじがします。

ネガティブな点はそんなにはありませんが、やはり「分量の感覚(いまどのへんを読んでいるか)」がないので、それがやっぱり気持ち悪いです。もちろん、タップをすれば、いまどこまで読んでいるかわかるのですが、直感的にそれができないのはまだなんとも慣れません。

一方、よいところは、kindleでアンダーラインなどを引いておけば、チェックしておいたところを勝手にアプリで抜き出してくれるので、「アンダーラインを引いたところ一覧」などをすぐに見られるのはやはりすごいなと思いますね。

紙の書籍だと「いいな」とか「あとで引用したいな」と思うところをいちいち書き抜く必要がありますが、それが一覧ででるのはうれしいです。あと英語の場合は辞書が入っているんで、それも楽ちんですね。

ということで、なかなかiPad miniでの読書経験は快適です。miniは軽いので、かばんの中にいれておこうという気持ちになるのもいいですね。huluで動画をみるときにはiPhoneでも気にならないのですが、本になるともう少し大きい方がよいと感じます。

いま使っているiPadはretinaディスプレイではないので、そっちのバージョンが欲しくなってきました・・・(笑)ただ、9月にiPadの新作がでるのではないかという噂もあるようなので、ちょっとだけ待とうかなと思います。本当かはわかりませんが。

電子書籍を読んでいる方ってどのくらいいるんですかね。こんなふうに使っているよというのがあればぜひ教えてください。

■ちなみに

最近買った漫画はテラフォーマーズです。

ぼくはiPad miniで読んでますが、Kindleそのものもやっぱりいいんでしょうかね。使ってる人がいたら教えてください。

予習したほうが楽しめる!:後期の授業を先取ってしまおう

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気づけば8月も終わりということで、大学の夏休みもあと半分ですね!あっという間すぎて恐ろしいです!

残りの半分夏休みがあるので「夏休みの間に授業のことなんて考えたくないよ!」って思うかもしれませんが、もし「せっかく夏休みだし本を読もう」という好奇心旺盛な人がいるのならば、後期の授業内容を先取ってしまうのはいかがでしょうか?そんな人いないよってかんじでしょうか・・・(笑)

具体的な方法としては、後期の授業でとろうとしている授業内容や、担当の先生の本を先に読んでしまうということです。

例えば、私が担当する論理的思考の授業(通称BL1)は、高橋俊之先生がコースリーダー(統括)をつとめる授業です。なので、高橋先生の本をざっとでも読んでおけば、授業でなにをやるのかをある程度先取りすることが可能だと思います。

まあこういうのはいわゆる予習というやつです。「予習・復習」というと、小学校の頃を思い出しますね。私はどちらかというと、いい加減な人間なので、そういうのはちゃんとやれないタイプの人間でした・・・(笑)

しかし、大人になってからは、なにかセミナーや研究会のようなものに参加したりする前には、必ず登壇者のことを調べておいたり、書籍に目を通してから参加するようになりました。学校ではありませんから、別に事前にちゃんと予習をしたからといって、よい成績がもらえるわけではありません(笑)

なのになぜそういうことをするのかというと、事前に準備しておいたほうが、圧倒的に内容が理解できるんですよね。内容が理解できると楽しいです。さらに、新たな質問もでてくるので、その質問をもとに本人に直接回答を聞けたりします。だから自然とやるようになったんです。その方が、同じ時間を使っていても、他の参加者の人よりも断然お得な時間を使っていることになります。

ということで「夏休みに本を読んでみようと思うけど、なにを読もうかわからない」という人は、後期の授業に関連するものを読んでみるのはいかがでしょうか?まじめに最初から最後まで読まなくても、ぱーっと目を通しておくだけでも、よい準備になります。「事前に簡単にでも準備しているとこんなに楽なんだ」という感覚をぜひ味わってほしいなと思います。

 

大学の授業をどのようにしたいのか?:学生と教職員が一緒に考えることの意義

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先週末は、立教大学経営学部のビジネスリーダーシッププログラム(BLP)の合宿に参加してきました。

この合宿では教職員と、授業の運営にかかわるスチューデントアシスタント(SA)約40名が参加し、前期の授業の振り返りや今後のビジョンについて考えるものです。

合宿の企画・運営自体も学生が中心となり、事務局とともに作り上げていきます。

私はこの合宿のプログラムの中の「ビジネスリーダーシッププログラムの未来を考えるワーク」について、同僚の高橋俊之先生とともに企画・実施しました。

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プログラムの中では、BLP主査の日向野先生や、二年生向け授業のコースリーダーの折口先生などにも話題提供というかたちでご協力いただきました。

(※ワークの詳細は後日ワークショップレポートとして公開したいと思います。)

今回ワークショップを実施して、あらためて感じたのは、大学の未来について、教職員と学生が一緒になって議論することの意義でした。

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アクティブ・ラーニングと言われるような、学生が能動的にかかわるようなタイプの授業では、教員の教え方だけでうまくいくものではなく、多くの人との協力がキーになると思います。

具体的には、教職員のみなさま、授業に関わるティーチングアシスタントやスチューデントアシスタント、さらには、参加する学生そのものの主体性もカギになります。つまり、授業を作り上げる組織力のようなものがポイントになると思います。

こうした組織としての力を高めるためには、やはり節目節目でお互いのビジョンのようなものを語り、共有することがポイントとなるでしょう。

学期中はどうしても「来週の授業をどうするか?」など、目先のことを議論しがちなので、夏休みは非常によい機会です。「すべき」ではなく、そもそも「こうなりたい・したい」という想いはパワフルです。

今回のワークショップではこうした想いを共有するきっかけになったのではないかと思います。

夏休みも気づけば半分が終わり、1ヶ月後にまた授業がスタートします。後期の授業についても、準備が始まりつつあります。

後期も、論理的思考を学ぶ授業で、自分の担当する舘野クラスがあります。この授業を担当するのは今年初めてではありますが、自分自身楽しみつつ、たくさんチャレンジしたいと思います。

ということで、今回の合宿は非常によい機会になりました。合宿の企画・運営をしてくださったみなさま本当にお疲れ様でした!

 

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久しぶりに「SLAM DUNK」のアニメを見てバスケがしたくなった

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めちゃくちゃ久しぶりにスラムダンクのアニメをみています。なんで見始めたのかというと、最近ずっと見ていた「プリズン・ブレイク」をとうとう全シーズン見終わったからなんです。長かった・・・。でも見終わった後のやりきった感がハンパなかったです。

プリズン・ブレイクはhulu(フールー)で見ていましたhulu(フールー)って何?という方は以前書いたこの記事をどうぞ。

海外ドラマをiPhoneで死ぬほど見る:HULU(フールー)登録してから三ヶ月が経った

huluでは同時に「ゴシップ・ガール」も見ているのですが、こちらは「偶数月には偶数シーズンしか見られない」という縛りによって、シーズン2を見終わったものの8月中はシーズン3が見られず先に進めません。

ということで、それまでの間になに見ようかなと思って探していたんですが、なんと「SLAM DUNK」のアニメが見放題ではないですか。非常に懐かしいなと思い、見始めてしまいました。だいたい1話20分くらいです。

めちゃくちゃ久しぶりにみたので内容も忘れていたわけですが、これやっぱりハマってしまいますね。桜木花道が初心者からスタートするということもあってか、見ているとなぜか「自分ももしかしたらできるかも」みたいな錯覚に陥ります(笑)

「もしかしたら自分もできるかも!」とか「自分もやってみたい!」と思わせるっていうのはすごいことですよね。そういうエッセンスがわかれば、なにか授業とかにも活かせるかもとか、結局研究目線でみてしまうところに、職業病的なものを感じます・・・(笑)どういうエッセンスがポイントになるんでしょうかね。

まあそんなこんなで毎日コツコツみているのですが、連続でみているのでオープニング曲の「君が好きだと叫びたい」が頭から離れません。

まずはエンディング曲が「世界が終るまでは…」に変わるまで見続けたいと思います。うーん、バスケしたい。

■関連するもの

 

■最近更新した記事

「聞くスキル」よりも「話をゆっくり聞く余裕を持つ」ということ

夏休みに入ってから研究などに関連していろいろなヒアリング(インタビュー)を行っています。ヒアリングはグループ形式や個人のものもありますが、だいたい一回に約1時間、人の話をじっくり聞きます。自分がすることは基本的には「質問」です。「どう思いましたか?」「具体的なエピソードはありますか?」という問いかけがメインであり、自分から「こう思う」などということを話す時間はほとんどありません。

一方的に聞いていて、こちらが話さないのはストレスがたまることのようにも思いますが、これがとても心地よいのです。ぼくはとてもおしゃべりなので、飲み会とかでもずっとしゃべっている方なんですが(笑)、聞くこともとても好きなんですよね。あらためてしっかり話を聞くという機会を持つと、普段は聞けないいろいろな話を聞くことができて、あっという間に一時間が経ってしまいます。

話す方にとっても、自分の話を一時間相手に聞いてもらう機会というのは意外にないことかもしれません。最初は「1時間も話すことありますかね?」という人もいますが、だいたい1時間経ったことには「少ししゃべり足りないな」というくらいの状況になっていたりします(笑)

こういう時間を過ごしていると、日常から人の話をじっくり聞くような時間をもっととりたいなあと思います。結局のところ、「聞く」という場合に「人の話を上手に聞くスキル」のようなものも重要なのかもしれませんが、それよりもまずは「人の話をゆっくり聞く余裕と時間を持つこと」が大事なんだろうなと思います。すぐに意見を言いたくなったり、あまりちゃんと聞けなかったりするのは、「聞くスキルがないこと」というよりも、それだけの余裕がないということもあるのかなと思います。

「聞く余裕」は、「自分の判断をいったん保留できること」にもつながると思います。すぐに意見を言ってしまうときは、「自分の判断が正しい」という前提や決めつけを伴うこともとても多いと思うのですよね。聞くことができるというのは「もしかしたら自分の判断は間違っているかもしれない」ということを考える余裕を持っていることでもあるのではないかと思います。こうした余裕を持つことは、仕事を進める上でも結局近道になるような気がしています。

「人の話を聞いている暇はない!」と思っているときこそ、実は人の話を聞くタイミングなのかもしれません。聞く余裕を常にどこかで持っていたいなと思います。

■関連書籍

「聞くこと」とマーケティングの関係という意味でこの書籍は面白かったです。

■最近更新した記事

「よい経験」をうまく表現できるようにしておくことの意義

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「よい経験を自分が実際体験していること」と「よい経験をうまく言語化して人に伝えられること」は近いようでなかなか遠いことだと思います。たとえば、大学生が就職活動をするときのことを考えてみるのがわかりやすいと思います。

「他の大学生が経験したことのないようなよレアな経験をしている学生」と、「そうでない学生」では一見、前者の方が面接をクリアするように思えます。しかし、実際はなかなかそうではないと思います。

よい経験をしたことがある学生でも、その経験を「うまく言語化できていないこと」によって、なかなか評価されなかったり、それほどレアな経験をしていなくても「上手に意味づけをして言語化できること」によって評価されるということはよくあることだと思います。

私がここで問題にしたいのはそういう面接がよいのかどうかということではありません。「よい経験をしていれば無条件によい話として伝わる」というほどなかなか単純なものではなく、せっかくのよい経験をしたのならば「周りの人に伝わるように、言語化する努力」もするといいのではないかということなのです。

実際に、自分の周りの大学生で「非常によい経験をしているし、よい学生だな」と感じる人でも、その経験を文章にしてもらったりすると「あれ、本当はもっとよい経験しているのにな」と思うことがあります。その人のことを知っていればそれでも大丈夫ですが、知らない人がその文章だけ読んだら、その人の魅力は全然伝わっていないのですよね。

さらに「よい経験をうまく表現できていないこと」が問題なのに、その話をして評価が伴わないと「そもそもあの経験は意味がなかったのではないか」という経験自体を疑ってしまうことというのもよくあるのではないかと思います。それはそれでもったいないですよね。

自分がした経験がよい体験であればあるほど、かえって言語化するのは難しくなると思います。非常に複雑なことをやっていたり、自分にとっての学びや発見があればあるほど、一言で説明するのは非常に難しいでしょう。言語化が難しいのは、経験が良質であるということともリンクしているのではと個人的に思います。

しかし、せっかくそのようなよい経験をしたからこそ、その経験をうまく言語化する努力をしてほしいと思います。たとえば、友達や家族に説明しようとするのもよいかもしれません。親しい人であれば、わからないところを指摘してくれるでしょう。「それってどういう意味?」という具合です。

また、普段自分がやっていることを全然知らない人と出会う場所にでていくことも重要でしょう。常に同じコミュニティにいると、「あれはさー」というかんじでちゃんと説明しなくても伝わってしまいます。しかし、全然知らない人と出会うと「あれ」では話は通じません。「あれ」はどうやって説明したら伝わるのかなと考える習慣ができることはとてもよいことだと思います。

「よい経験ができる場」を探しながらも、それと同じレベルで「経験を語る場」も作っていけるとよいのではないかと思います。

■最近更新した記事

あなたがブログを読むのはスマホ?PC?:読まれる状況を理解する

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突然ですがあなたはいまこの記事をスマホから見ていますか?それともPC?もしくはタブレットでしょうか?

私のブログのデザインを新しくしてから約1週間が経ちました。新しいデザインになって大きく変わったのは、スマホやタブレットからブログが読みやすくなったということです。これまではどんな端末でアクセスしてもPCと同じ表示だったので、スマホから見ると、とても読みにくかったと思います。

ブログのデザインを変えたことを契機に、あらためてしっかりブログのアクセス解析もやりはじめた。Google Analyticsを使ってどのくらいのアクセスがあるのか、どんな端末から見られているのかなどを軽く目を通すようにしました。

それを見てみると、私のブログを読んでいる人の多くがスマホからの閲覧でした。数にして、PCのちょうど約2倍になります。タブレット(iPadなど)からみている人もいますが、それは少数派ですね。

デザイン変更前とデータが比較できないので、デザイン変更によって増えたかはわかりません。また、私がお盆の期間中にブログをよく更新していることもあるので、来週になると少し傾向はかわるかもしれません。しかし、これだけ多くの人がスマホからアクセスしているということに驚きました。

こういうデータをみると、いままで自分がスマホユーザー向けのページをちゃんと用意できていなかったことをかなり反省します。ブログを書く上で、なにを書くのかということも重要ですが、読んでくださる人がどんな人で、いつ、どんな状況で読むのかを想定することもとても重要だからです。

今回ブログのデザインを変えたことをきっかけに、もう少しそのあたりを想像して更新のタイミングや記事の量なども考えていきたいなと思っています。

よろしければ、ぜひなにかフィードバックをいただけますと幸いです。たとえば、「ブログはいつも朝の通勤時間に読むので7時くらいには新記事が更新されているといい」とか、「大学生なので時間帯的にはむしろ遅い方が見る」とか、「文章はもっと短い方がいい」「画像が一枚くらいあったほうが読む気になる」「こんな内容聞きたい」などなんでもかまいません。twitterのメンションやFacebookのコメントでもらえたりするとありがたいです。

最近ブログを書く習慣が戻ってきて、書くことをとても楽しめています。その理由のひとつは、書いたことについてさまざまなリアクションをいただくことで考えが深まるからでもあります。これからも継続してなるべく毎日更新していきたいと思います。

■関連書籍

こういう書籍も読んでみるといいんでしょうかね。なにかおすすめあったら教えてください。

 

舞台に立ち続けることの価値:ミスとどう向き合うか

仕事でもなんでもそうですが、なにかをしている限り、かならずミスをする可能性はあります。先日も夏の甲子園のニュースが話題になっていました。しかし、野球をしていれば試合にでている限りどんな場面でもエラーをする可能性があります。舞台に立ち続ける限り、大きなミスをする可能性はだれにでもあるのです。

だからこそ私は「舞台で活躍する」ということ以前に、「舞台に立ち続けること」自体がすごいことだと思います。舞台に上がれば必ずミスをする可能性があります。それは時に恐怖ですし、安全なところにいきたいと思うでしょう。しかし、その不安を抱えながらも、舞台に立ち続けるということはそれだけで価値があることなのかなと思います。

仕事とミスの関係については、ぼくの好きな「バーテンダー」という漫画の中にこんな話がありました。

“例えば仕事で絶対にミスをしない人がいます
どんな人か分かります?

答えはね・・・ 「仕事をしない人」

ミスは人が生きている証拠です。

だからこそ一生懸命に必死に努力して その結果出たミスの方が勉強になるんです

「バーテンダー 13巻より」”

なにかをやる限り、ミスがゼロということはありません。ミスから逃げることはできないということです。ではどうするかというと、避けられないミスとしっかり立ち向かい、成長につなげていくための努力が重要なのかもしれません。

そのために周りができることは「ミスは必ず起こるものである」ということを共有することかもしれません。そして、なるべく「よいミス」となるような努力をすること、ミスをしたとしてもミス自体を責めるのではなく、次にどうつなげることができるかを考えることが重要かもしれませんね。

ミスが起こるのは自分が挑戦していることの裏返しともいえます。ミスがあっても、また挑戦したいと思えるような環境をつくっていけるといいですよね。

■今日紹介した漫画

「バーテンダー」は大学院時代に指導教員とともにハマった漫画です(笑)

 

もらったアドバイスを消化できないまま全部取り入れようとするとうまくいかないという話

まあ今日言いたいことはタイトルの通りです。研究でもビジネスでも共通していると思うのですが、他人からたくさんのアドバイスをもらうことはいいものの、消化しきれないまま全部取り入れようとすると、たいていうまくいかないなあと思うのです。私自身もそれで苦労した経験があります。

コメントを素直に受け止めるのは悪いことではありません。むしろ大事なことです。しかし、それぞれのコメントが何を意味しているかをしっかりと理解し、さらに、現実的な制約と共に、「どれを受け入れて、どれを受け入れないか」、「具体的にどこを改善するか」を吟味することは非常に大事なことであると思います。実際、仮に10個のアドバイスをもらったときに、もらったアドバイス同士が矛盾していることなどもあるので、全てを取り入れようとするとアイデアそのものがおかしくなるということもあると思います。

もらったアドバイスを全てそのまま取り入れるのは、時に責任を外に投げてしまうことでもあります。言われたことをそのままやりますというかんじになってしまうからです。

その中から、何を取り入れるか、どれを取捨選択するかというのは自分自身での決断を伴うものであり、少し怖いことでもあります。しかし、最後の最後で、何を残すのかをしっかり決められること、腹をくくれることというのは協同で仕事をしていく上でも大事なことではないかと思います。

「人の意見に耳を傾ける謙虚さをもちながらも、最終的には自分の責任で行動を選択する」ということは言うは易く行うは難しです。

しかし、他者と協同で仕事をしていく際には必ずこういう局面がでてきます。自分自身もなかなかそうできないときがあるのですが、あらためて心がけていきたいなと思っています。

もちろん、こうした行動をうまくできるために周りがサポートすることも可能です。例えば、以下のような配慮が考えられるかもしれません。

  • たくさんのアドバイスを一気に言わない
  • アドバイスではなく質問(問いかけ)をする
  • アドバイスに対する相手の決定を尊重する
  • 決定を尊重するが「あなたの責任」と押しつけない(支える)

協同で仕事をしてうまくいくときというのは、アドバイスをする側とされる側の呼吸があったときなのかもしれませんね。なかなか難しいですが、頭の片隅にいれておくと、同じような状況になったときに気をつけることができるかもしれませんね。

■お知らせ

前期にやっていた授業に関する活動レポートが立教大学経営学部のページに続々とアップされています。私が関連しているものを以下に載せさていただきましたのでよろしければぜひご覧くださいませ。

BL0 教員コメント記事 コースリーダー 経営学部 助教 舘野泰一
http://cob.rikkyo.ac.jp/blp/2716.html

BL0 SAコメント記事 国際経営学科2年 西香波さん
http://cob.rikkyo.ac.jp/blp/2720.html

BL2 SAコメント記事 国際経営学科3年 大井竣平さん
http://cob.rikkyo.ac.jp/blp/2721.html