「振り返り」をどのようにデザインするか?:「重たい反省会」は学びにつながるか


学びを深めるひとつの大事な要素に「振り返り」があります。振り返りを簡単にいえば、例えば「何かのプロジェクトを達成した!」というときに、そのまま「はい、次!」といくのではなく、プロジェクトでどんな学びを得られたかを意味づけたり、検証したりするかんじです。まあ要は、体験したことをそのままにするのではなく、「意味づけ」や「検証」をすることで、次の体験に生かそうよという考えだと思います。

「振り返りの重要性」については最近かなり広がっているように思います。例えば大学教育の場面をみていても、振り返りの時間がしっかり確保されていることが増えてきました。これはとてもよいことだと思います。しかし、その一方で、「振り返りのやり方」についてはいろんなデザインがあってよいよなと感じることもあります。

特に最近気になるのは「雰囲気のかなり重い反省会っぽいもの」です。これはプロジェクトの後とかに多いような気がしています。たしかに「プロジェクト終わった!やったー!」で終わるのは、学びの機会としてもったいないなとは思います。しかし、「あれがだめだったよね。」「これがだめだったよね。」ということがあまりにきつく語られていくと、だんだん雰囲気が悪くなり「しーん・・・」という雰囲気が漂います。せっかくプロジェクトが終わったというのに、これだと悲しいですね。

もちろん、よいことも悪いこともしっかり振り返ることは非常に重要です。しかし、振り返りの最大の目的は、「次の学び・行動」につながることだと思うんです。つまり視点は「未来」なんですよね。「未来のために、過去を振り返っている」わけです。

一方で、さきほどの示した「重い反省会モード」のときには、視点が「過去」になってしまっていることが多いと思うんですよね。振り返って、問題点をあぶり出す過程で、それが結果的に「犯人さがし」になってしまったり、「あとだしじゃんけん的(結果論的)」になってしまうと、「振り返り」はむしろ学びにとってマイナスの意味さえあるのではないかと思います。

具体的には「行動を萎縮させてしまう効果」があるのではないかと思います。「振り返り」は「行動や体験から得られる学びを増幅するため」にやっているはずなんですが、あまりにネガティブな振り返りは「行動や体験そのものをしたくなくなる」ということにつながるのではないかと思うのです。「そんなこといわれるなら、行動せずに、評価するだけ(コメントするだけ)が一番楽だ」ということにつながってしまうのが怖いなと思っています。

もちろん、繰り返しになりますが「ダメなことを、ダメという姿勢」自体は悪いことではありません。「まあみんながんばったしねー。」といって問題点がうやむやにされてしまうこともよくないでしょう。次も同じことをしてしまうかもしれません。しかし、そこで取り上げる問題は「次の体験・行動のときに修正可能であるか」など、視点が本当に「未来」を向いているかを検討する必要があるように思います。

そうでないと、せっかくプロジェクトが成功したのに「達成感」や「自信」を持つことができず、客観的にみて「すごくよいことをしている」「すごくよいパフォーマンスを発揮している」のに、自己評価が低すぎるということにつながるのではないかと感じています。せっかくよいことをやっているのだから、もうちょっと喜べばいいのになと思う場面に遭遇することも時々あるのですよね。

今日は「振り返り」について書きました。「振り返りが重要である」ということはわかるのですが、これを効果的にデザインしようと思うと、実はけっこう難しいですよね。これはぼく自身もいつも悩むことです。

個人的には

「今回いろいろできて楽しかった!でも、もっとここをこうすれば、よくなったかもしれない。だから、次はこうしてみたい。」

と自発的に思えるような環境になるといいなと思っています。「振り返り」の視点は、「未来の学び」であるわけですから、振り返りによって、未来の行動を制限してしまうようなことにならないといいなと思っています。

正直せっかくなにかを達成したならば、そのときくらいちょっと有頂天になってもいいんじゃないかなとも思います(笑)そのあと冷静になってみて「あれは、もうちょっとこうできたな」と自分なりに思える余白のようなものをうまくデザインできるといいなと思います。

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